ぱりっとメイキングされた真っ白なシーツ。
その上に、そっとキリコの背中をつける。銀糸が広がるのと同時に、シーツの皺が色濃くなった。それがこれから起こることを示唆しているようで、もっともっとシーツを乱したい欲求に駆られた。
朝、ベッドの周りを飾っていた花たちはもう無い。
ルームキーパーが書置きを見つけてくれたんだろう。
ここには、二人だけ。俺とキリコの二人だけ。
啄ばむようなキスをして、お互いの熱を確かめ合う。
正直、緊張していた。
どうすれば、キリコの自信が取り戻せるようなセックスができるんだろう、なんて考えたら、俺の自信の方がなくなってきそう。ああ、もう考えちゃってる。
とにかく大事にしたいって思いだけは伝えたい。そっとキリコの指にキスを落として。
「・・・爪、きれいにしてあるんだな。つやつやしてる。」
そう口にしたら、キリコの表情がぱあっと明るくなった。
「ああ。ネイリストさんが、サービスでしてくれたんだ。初めてだったから・・・見て欲しかった・・・」
いつしてもらったか聞いたら、例のあの日。こんなキリコの気持ちにも気付けず、狼になった俺・・・!タイムマシンがあったら、角材で殴りに行きたい。現に今、ベッド脇のチェストに頭をぶつけようとした俺を、キリコは慌てて引きとめた。きっと他にもあるんだろうなあ。俺が見逃したアレコレ。
悶々とし始めてしまった俺の横で、ばさっと音がして、見ればキリコがマキシワンピースのすそを捲り上げていた。脱ごうとしているが、如何せん丈が長い。途中で脱皮に失敗した蛇みたいになっていたので、引っ張って救出した。
「ふう。助かった。」と顔を出したキリコは、くしゃくしゃになった髪を撫で付けると、にっ!と笑って俺に向かって両手を広げた。
「来て!BJ!」
ああ、そうだ。こういうところに惚れたのだ。
俺が惚れたのは、きれいで、かわいくて、とびきり男前で敵わない、最高な女。
そこからは、熱で浮かされたようになってしまった。
キリコの胸に飛び込んで、思うまま抱き潰した後、改めて彼女を見ると、俺の心臓はスタート早々レッドゾーン。マキシワンピースの下に隠れていたのは、白い清楚なレースの下着。悶えすぎて「すごく、好みです。」とバカ丁寧な感想が出た。「ふふ。好きかなーって思って。」なんて、悪戯に言われようものなら、もう、もう。
でもな、キリコ、そう言いながら耳が真っ赤だぞ。そういうところだぞ!
耐え切れずに、首筋を舌でなぞり、ひくりとキリコの白い皮膚の下にある筋肉の伸縮を楽しんだ。
耳朶を唇で食む。一言漏れる吐息を、もっと。
キリコの瞳にも、熱を持った光が宿りはじめたのを確認して、彼女のしっとりした唇に己のものを重ねた。何回もしてきたキス。でも今夜はとびきりのキスにしよう。だんだんと深くなっていく口付けに、夢中になってしまう。長いキスからキリコの唇を解放したときには、彼女の薄い唇は、ぽってりと赤く色づいて、上気した肌からはいいにおいがした。浅く呼吸を繰り返しながら、キリコはとろりとした視線を俺に向けている。その視線が、どれだけ男を誘うか、彼女はわかっているのだろうか。
白いレースに楚々と守られている頂を探し当てるため、豊かな胸の弾力を楽しみつつ、指を這わせる。キリコは、ときおり「んっ」とくぐもった声を上げた。
こういう声もそそられるが、実は、これは俺の長年のフラストレーションでもあった。
「キリコ、声を聞かせて。」
耳元で、低い声で言い聞かせるように。
きゃんきゃん犬みたいに鳴いてほしいわけじゃない。ただ気持ちがいいときは、伝えてほしいって思うだけなんだ。
「嫌だ。」
取り付く島もない。それならばと、レースの中からたわわな胸をこぼれさせ、外気にさらされた薄桃色の頂を強く吸い上げた。途端にキリコの体は仰け反り、快感が巡ったのは明らかだった。
「う、ん・・・っ」
意地っ張りめ。じゅるっと、敢えて大きな音が出るように啄ばむ。もう片方の胸もあらわにして、けなげに尖りだした先端を指でやさしく摘んだ。
「・・・・・・・!!」
キリコは口元を抑えて、声が漏れないように耐えている。
キリコはセックスの時に自分の声が漏れるのを極端に嫌う。
男の体から女に変わってしまってから、初めは「女みたいな声が出るのが嫌だ。」と言った。それが今も続いているのだとすれば、今夜は大きなターニングポイントにできるかもしれない。
彼女はかたく瞑った目蓋から目じりをピンクに染めて、快感を押し殺すようにして震える。これを暴きたくなるのだから、男というものは、つくづく獣じみている。なんて自嘲気味に、内心ほくそ笑む。
口元を押さえるキリコの両手を、俺の片手で枕に縫いとめて、意地の悪い選択を迫った。
「お前さんの声を聞きたい・・・けど、嫌なら無理にしなくていい。だけど、せめてどちらかは聞かせてくれないか。」
「どちらか、って?」
さっきのキスで色づいた唇を薄く開いて、キリコが問いかける。
「気持ちいいときの声か、イク時の声か、どっちかでいい。」
我ながら、ひどい選択肢だとは思う。キリコは感じやすいし、イキやすい。どっちを選んでも、彼女には羞恥の連続になるだろう。でも、今夜は必ず選ばせたい。女として見てほしいって思うなら、尚更。
「そんなの、選べない・・・」
形のよい眉をゆがませて、いやいやと頭を振る。その度に銀髪がきらきらと光る。
「俺のために、頼む。」
戸惑うアイスブルーを、俺の熱でロックオン。
「惚れた女の声なら、どんな声だって聞きたいさ。」
熱い息を吐きながら、キリコの耳元でささやいた。ぴくりと、それだけで感じてしまうキリコの体が反応する。これに甘い声が重なったなら。
「・・・イク、時は言う・・・」
頬をピンクに染めて、ついにキリコは選択した。
ああ、たまらない。絶頂を迎えるとき、キリコはどんな声を聞かせてくれるだろう。
「約束、だぞ。」
股座で痛いほど張り詰めた熱を隠すように、低い声でささやいた。
こくりと、観念したかのように頷くキリコは、とてもいじらしくて。
性急に彼女を高みへ登りつめさせたい欲求を抑えるのに、大変苦労した。
形の良いキリコの胸は、横になっても流れることなく、俺の手のひらにしっとりと吸い付いた。硬さを増していく先端を指できゅっと摘むと、押し殺した声が漏れる。親指と人差し指で、そこをしごくようにいじめると、耐え切れないようにキリコの体が仰け反る。くうくうと喉を鳴らしながら、快感に溺れていく様は、俺の熱を高めていく。
するりとキリコの薄い腹をなぞる。これから訪れるだろう感覚を予想したのか、キリコの腕が俺の肩に回る。俺の指はそのまま、キリコの下腹部をなぞり、ショーツのレースにたどり着く。力を入れれば引きちぎれてしまいそうな、繊細で頼りない生地の下にあるだろう泥濘を思うと、ごくりと喉が鳴る。
相変わらず童貞くさい俺の心を誤魔化すように、キリコの唇に軽いリップ音を立ててタッチする。
「・・・ふふ」と妙に色っぽい微笑みを見せ、キリコは俺の下唇をやさしく噛んだ。
ああもう。これだからこの女は侮れない!
ショーツの上に指を這わせると、そこはもうしっとりと熱くなっていた。キリコの足の間に膝を入れて股を開かせる。濡れてショーツの色が変わってしまっているのを見て、とても興奮した。生地の上からでも、はっきりとわかる筋をなぞれば、蜜が染み出す。その度にキリコの体はふるふると震えた。これからもっとすごいことするのに。
だんだんと主張してきた彼女の感じやすい突起を、そっとひっかいた。ぴくん!と体を引きつらせるが、声は決して出さないよう、口を真一文字に結んでいる。暴きたい。この唇を割らせてみたい。
「キリコ、感じる?」
わかりきったことを聞いてやる。こくりとひとつ頷いただけで、キリコの口は閉じたまま。
「すごいな。もうびっしょりだ。」
意地悪く、いやらしくささやく俺に返ってきたのは、予想外の言葉。
「だって、こんな、やさしくされるなんて思ってもみなかったから。」
ふわりと潤んだ目で笑いかけるキリコは、うっとりするくらい、かわいらしかった。いや実際うっとりした。いやいや、これまでの俺はどんだけ雑だったんだ。またチェストに頭をぶつけたくなったけど、もっとキリコを甘やかしたい気持ちの方が圧勝した。
「ここ、かわいいな。ぴんって立ってきた。」
ショーツの上から押しつぶすように、キリコの敏感な突起を刺激する。
指で摘めば「ひ・・・っ」と声が漏れる。やっぱいい。キリコの声が聞きたい。レースの隙間から指をすべらせると、もう熱くとろけたそこは、俺の劣情を掻き立てるばかりで。さっきの愛撫で、キリコの小ぶりなクリトリスはぷっくりと膨らんでいた。ぐるりと円を描くようになぞった後、すばやく包皮を剥いて、とびきり敏感なそこを指で押しつぶした。
「・・・、う、・・・ぁっ」
何度も指で擦り上げれば、キリコの息がどんどん激しくなる。蜜があふれ出してくる膣口をぴたと刺激したとき、キリコの体が大きく戦慄くのがわかった。
「キリコ、イク時は言って。」
ごくりと唾を飲む。
「・・・やっぱり、ん・・・無理ィ・・・っ」
恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、目じりに涙が溜まってきた。その様子が、どうしようもなくいじらしいけど、見せてほしい。俺に。お前が乱れるところ。
「約束しただろ?」
いじる手を弱めながら、もう片方の手でキリコの頬をなでる。
「だって・・・どんな声が、出るか、わからない・・・」
目蓋を伏せたまま、俺の手を震える指先でなぞりながら言う彼女は、初めての夜を迎える処女のようだった。何度抱いても初々しい反応を示す、こんなに愛らしい女を俺は他に知らない。やさしくしたい気持ちと、暴いてどろどろにしてしまいたい雄の本能が、俺の中でせめぎ合う。
「イクって言ってくれるだけで、いいから。」
首筋にキスを落としながら言う。今、キリコの目を見るのは悪手だ。恥ずかしいなら、見ないさ。ただ、声だけは聞かせて。そんなメッセージを受け取ってくれたように、キリコはこくりと頷いた。
そうなれば、俺の指は見る間にキリコを登りつめさせていく。クリトリスをぎゅっと刺激した瞬間、キリコは大きく身を震わせて、俺の髪を掻き抱いた。そして、ついに、待ち望んでいた言葉を俺の耳に届けた。
「・・・ィ、くぅ・・・っ」
その僅か二文字は、俺にすばらしい達成感と、狂おしいほどの愛おしさを与えた。同時に、もっと、もっとと胸の内で吠え立てる欲望も認識した。
はじけたように、腰をがくがくと揺らしながら達した彼女の頭をなでて、落ち着くのを待った。
「大丈夫か。」「すごくかわいかった。」「もっと聞きたい。」
そんなことを何度も繰り返し伝えた。
やがて顔を上げたキリコは「ばか」と、微笑みながら俺の背中に腕を回した。
わかるだろ。惚れた女に喜んでもらえて、とろけるような顔で微笑まれたら、どうなるか。
すまない、と言う代わりに深く口付けて、脚の間でもう用を成さなくなったショーツを剥ぎ取ると、熱い蜜がこぼれる場所に指をうずめた。腿が閉じる前に俺の体を割り込ませ、キリコの膝が俺の腰をがっちり掴むかたちになる。
「キリコ、もう一度、言って。イクって言って。」
うわずった声で、キリコの耳朶に歯を立ててせがんだ。
「・・・ぅ、いやぁ・・・」
「いって。」
膣口を荒らしていた指先を、内側へ進入させていく。その狭さに股座がうずいた。
熱い襞を傷つけないように、ゆっくりと指の根元まで埋め込んだ。中でかきまわせば、くちくちと水気を含んだ音がする。指の数を増やしながら、キリコの目を見る。視線が合ったことに、ひどく気まずそうだったが、その上がった吐息とともに瞳に灯った情欲の色があった。
今度は逃がさない。キリコの視線を絡めとったまま、いやらしく音をたてる指をいっそう激しく動かし始めた。
「ひっ・・・ん・・・」
やめろと言われたら、すぐにやめるつもりだった。俺の息子はかわいそうなくらい張り詰めて痛んでいたけど、あの日のようになるくらいなら、どうってことはない。
「・・・・・・・ん・・・ぅ」
俺の視線にひきつけられたままのキリコは、声を抑えて唇を噛みながらも、与えられる快楽に身を委ねんとしているように見えた。いいんだな。このまま進めて。俺の視線に応えるように、キリコは俺に口付けた。
指を鉤のように折り曲げて、キリコのいいところを刺激する。何度も、何度も。その度に膣の中は蠢いて、俺の指を締め付けた。もう軽く達しているのかもしれない。ダメだよ、キリコ。約束したろ。
名残惜しかったけど、深い口付けを解いて。
「キリコ、イク時は言う約束だろ。」
拗ねたような口調で言うと、キリコはもごもごと「だってキスしてたから。」だって。そんなこと言うなら、キスしてやんない。
「BJ、やっぱり、いじわるだ・・・ぁア・・・」
身を捩って逃げようとするのを捕まえて、両手を掴む。
「やさしくしてるのに?」
ゆるゆると、いいところを円を描くようになでる。
「・・・・!!」キリコの体が引きつると、中も同じように締まった。
「言って。キリコ、イクって。」
熱い襞の奥を攻めると、キリコは白い喉を仰け反らせて、はくはくと口を動かした。もう少しだ。絶えず伸縮をくりかえす襞のうねりから、彼女の限界を感じる。思いっきり指を動かすと、堰を切ったように、キリコの口から言葉があふれ出した。
「ぁ・・・い、く・・・イク、イクぅっ!」
ああああああぶねええええ。
その言葉を聞いた瞬間、あまりの衝撃に俺の息子は勝手に発射しようとしたのだ。
なんて甘くて、刺激的な声なんだろう。
普段のハスキーボイスが、こんな風に上ずるのがかわいくて、最高にいやらしかった。
彼女が深く達したのは、俺の指をぎちぎちと食い込む感触と、全身を痙攣させるかのように震える様子からわかったが・・・まさか、潮まで吹いてくれるとは思わなかったな。めちゃくちゃうれしい。
でもこれ言うと、恥ずかしがり屋のキリコはそっぽを向いてしまうだろう。
ぽたぽたと雫を滴らせる手をシーツでぬぐっていると、涙目になったキリコに枕を投げつけられた。
*************
本当に信じられない。この男。
ねちっこいのは前からだけど、だからといってここまでするなんて。
ルームキーパーに会わせる顔が無い。ベッドにこんな大きな染みを作ってしまった。マットレスまで染みているだろう。どんなにはしたないセックスをしたのかと邪推されるかもしれない。
そんな叱られた犬みたいな顔したって、だめなんだからな。
え?
ううん。き、気持ちよかった、よ。
やだやだ。生娘みたいな反応をしてしまう。
恥ずかしいことなんかないくらい、たくさん肌を重ねてきたのに。そう。いやらしいことは、みんな私が教えた。感じやすいところ、指の動かし方、それらをスポンジのように吸収して、すぐ覚えたね。でも、それを今は少し後悔してる。
天才的な指に色事を教えるってことが、どんな結果を生むか想像してなかったんだから。
世界中を飛び回ってる間に、ちょっとアレンジしたのかもね。
もう免許皆伝だよ。師匠を超えてるよ。これだから天才は。
ミリより小さい世界で神経をつなぎ合わせる指先が、私の性感帯を的確に刺激する。
お前の指だって思うだけで、こっちはもうとろけてるってのに。
それに、その、声を上げると、感度も上がる気がする。
開放感があるっていうか。
素直になれるっていうか。
あの、ひいてない?
私、変な声出してない?
「すっ」
その口の形のまま、BJは固まってしまった。
なになに。その続きはなに。
「すごく変」?「捨て猫みたい」?「砂を噛むような」?
ぐるぐるする私を、おもむろに抱きしめると
「すっごく、すっごく、かわいくて、やらしかった。」
熱っぽく、大真面目に言ったので、恥ずかしいやら嬉しいやらで「ばか。」と応えるのが精一杯。
この男の前だと、私はすっかり不器用になってしまう。
こんなに喜んでもらえるなら・・・と、絆されたことを、私は後々悔やむことになる。
**********
着ていた服をぽいぽいと脱ぎ捨てていくと、キリコが息を飲むのがわかった。
あ、ああ。これか。
下着を脱ぐと飛び跳ねた俺の息子は、キリコに枕を投げられても、健気に気を付けをして待っていたのだ。おまけにさっきの誤射緊急停止で、カウパーがてらてらと流れてる。
「お前の声聞いたら、こんなのになっちまった。」
事実なんだから仕様が無い。タハハ・・・と笑う俺の手をとって、キリコは「立って」と、ベッドの上に俺を立たせた。スプリングのよく効いたマットレスの上に立つなんて経験は、ざらにあるもんじゃない。ちょっとふらつくのを立て直そうとしたら、仁王立ちの姿勢になった。えーと。この状況は?
「さっきのお返し。」
悪戯をしかける子どものような瞳で、キリコが俺の脚に腕をからめる。片手で器用にブラを外すと、肌理細やかな白い胸があふれ出した。
「視覚の暴力・・・」
「え?なんのこと?」
「いや、気にしないでくれ。」
心の声が出てしまった。だってなあ。上から見下ろすと、キリコの胸が視界の半分を占めるんだぜ。その豊かな胸が、ぎゅむっと俺の息子に押し付けられる!谷間にうずめられた亀頭の先を出し、キリコはぺろりとそれを舐めた。つう、とキリコの舌先と亀頭の間に粘り気のある糸が引く。ごくりと空唾を飲み込んだ。
ぐるりと舌で舐めまわしたかと思えば、かぷりと口内へ。ちゅっと音を立てて唇が当たり、ちろちろと鈴口がくすぐられる。亀頭を口で刺激しながら、竿を胸の間にはさみこんで、やわらかくつつんでくれている。ときおりリズミカルに圧がかかるのが、イイ。
これって、いわゆる、パイズリってやつ、だよな。初めて、してもらう。
キリコはそもそもブロウジョブ(あえてフェラチオとは言わないみたいだ。)を積極的にしない。いろいろ過去のことを思い出すらしいから、俺も別段こだわってはいなかった。気分のいいときに稀にしてくれたりするから、その時はホームランバーの当たりを引いたような気持ちだった。下手じゃないんだ、これが。
カリ下をちゅうっと吸われたのがわかって、腰がひくつく。俺の快楽のサインを、この女が見逃すはずが無い。ちゅぱちゅぱ音をたてて攻め立てる。真白い羽根のようにやわらかい胸の間にはさまれた、赤黒くてらてらと光る俺を、桜色のくちびるが吸う。波のように押し寄せる快感と、聴覚と視覚。眩暈がしそうで、喉の奥から呻き声が出る。
なのに突然、あたたかい胸が離れていってしまった。残念に思う間もなく、ずるり、と俺は根元までキリコに咥えこまれていた。
ああ、無茶しやがって!お前さんの小さい口に全部は無理だって分かってただろ?!以前えづいてしまったじゃないか。
驚くあまりに引き剥がそうとしたら、その前にキリコが口を離した。ふうふうと息をしながら、俺の腿にそっと手を当てて。「大丈夫か?」と心配になるけど、上目遣いに返ってきた視線は好奇心いっぱいで。
「この姿勢なら、できるかも。寝てる状態だったら、すぐに喉の奥に当たってしまったけど、これならいけそう。やってみてもいい?」
「なるほどな。上体を起こした姿勢だと舌が下がることもないしな・・・俺としてはうれしいけど、無茶するなよ。気持ち悪くなったら、すぐ離すんだぞ。」
「うん。」
ちゅ、と亀頭に挨拶のキスをするように桜色のくちびるが触れ、やがて張り詰めて血管が浮いたグロテスクな竿が、ゆるゆるとキリコの小さな口に入っていくのを見ていた。
俺の下生えの中に鼻先を突っ込むころには、キリコは喉の奥で俺の亀頭を締め付け始めていた。湧き上がる吐精感。は、初めてでこれかよ。ポテンシャル高すぎるだろ。
キリコは俺の腿に当てていた手をそろそろと尻に回して抱え込むと、俺の体を支えにして前後に動き始めた。ふわふわときれいな銀髪がゆれる。
最初はおっかなびっくりだったのが、だんだん速度を上げていく。
肉厚な舌が絡み付いているのがわかる。じゅるじゅると淫靡な音を立てながら、あのキリコが俺のものを咥えているのを見つめるだけで、どうしようもなく昂ってしまう。
だが再び襲ってきた吐精感に気付いたのか、急に動くのをやめてしまう。
ああ、どうして。せつなくなってキリコを見やると、まだ俺を奥まで咥えたまま、肩で息をしている。つらいのかな。もういい、と言いかけた瞬間、目の裏が焼きつくような快感が駆け巡った。キリコの喉の奥に飲み込まれる!熱い口の中の肉が、ぴったりと俺の形をつつみこんで、きゅううっと締め上げる。キリコが呼吸をする度に、喉の奥がぎゅうぎゅうと緩んだり縮んだりする。その動きに合わせてスパークの飛ぶ快感が、意味の無いうめき声になって幾つも漏れる。
ああ、気持ちがいい。気持ちがいい。どうにかなってしまいそう。
このまま突き上げたら、どうなるのかな。などと仄暗い考えが浮かぶ。気取られないよう、さらりとキリコの後頭部に手を当てた。
途端に、ギュッと尻をつねられた!「痛え!」
キリコの口が離れていく。
玉手箱を開けた浦島太郎は、こんな気持ちだったのかしらん。いや俺は開ける前だったぞ。そんな問題じゃないな・・・うん。またキリコに助けられた。取り返しがつかなくなるところだった。
ちゅぽん、と熟れた亀頭を離せば、愚息は俺の腹につくくらいにバッキバキになっていた。
「・・・イラマチオは、まだ、ハードルが高いなあ・・・」
竿に頬を寄せ、キリコは妖艶に微笑んだ。
「ばれましたか。」
「ばれました。無茶するなとか言うくせに、自分が一番無茶させるんじゃ信用問題に関わるよ。」
「ゴメンナサイ・・・」
「素直でよろしい。それじゃ、オリコウサンにしててね。」
「はい・・・」
キリコの容赦の無いフェラテクにより、俺は射精までの自己最短記録を叩き出したのだった。
「うーん。スキンをどこにやったかな。」
多分、財布の中にお守り代わりに持ってるのがあったはず。
困ったな。スキンがひとつしかないなんて。一発で終わるのもったいなさすぎる。ラブホじゃないし、備え付けのもないしなあ。出しても交換せずに使い続けたらどうなるんだろうとか想像して、気分が悪くなった。
キリコはというと、先ほどの淫蕩な表情はなりをひそめ、自分もスキンを準備しておくべきだったなんてシュンとしている。そんな顔するなよ。イケナイ気持ちになるだろ?
買いに行くか、と立ち上がろうとした俺を引き止めて
「今夜は、そのままで、いい。」
「いや、それは、さすがに。」
「前にしたことあったろ。」
あった。あったよ。忘れるはずが無い。ある正月に俺はこいつに人生初の膣内射精を捧げている。その日は、ずっと生で、キリコが失神するまでやってしまったんだが、実はその後かなり肝を冷やした。定期健診を受けて、ピルで管理しているとはいえ、ピルだって可能性はゼロじゃあない。なんせこいつは99.9%の中から0.1%を当ててしまうような奴なのだ。万が一があったとき、絶対にこいつは中絶を選ぶ。そんな確信じみた思いがあった。ヒトゴロシに更に赤ん坊まで殺させる真似なんか絶対にさせたくない。ましてや相手は俺だ。奴が月経が来たよーと軽い調子で伝えてくるまで、俺は生まれる子の名前のリストアップまでしていた。
はっきり言って、キリコも俺も、自分の遺伝子を後世に残そうなんてこれぽっちも思っていない。
俺は色事に関係のない人生を選択していたし、キリコは地獄を見すぎて人生自体に執着がない。
でも、そんな俺たちが寄れば、たちまち熱を持ってつながってしまう。
だから、必ずスキンは常備し、最低でも10個は持っていた。多すぎ?実際使い切ってしまうんだ。
スキンを着けていても効果がない確率は知っていたけど、男としての礼儀というか、安心感の保険というか。生でセックスをする気持ちよさを知ってしまった体を理性の箍できつく締めて、セックスをするときは毎回着けるようにしていた。
「いいから。ピルはかなり長い間飲んでるから、もう排卵自体が止まっているんだって。」
ドクターが言ってたから、間違いないよ。静かに言うと、俺との間を詰めてくる。
「スキンより効果があるアフターピルも持ってる。お前に心配はかけないよ。」
「今日だけ、お願い・・・」
これじゃ立場が逆だ。男が『やらせて』って押し切る場合が多いのに。こんなに言わせてしまったら、引き下がれば男が廃る気がしてしまう。
「もしも、があれば、絶対に俺に言うんだぞ。自分だけで抱え込むな。」
体を引き寄せれば、キリコの体は汗で冷えてしまっていた。
「前も言ったけど、責任はとるから。」
残念だけど、今はこいつと家庭を持つイメージは描けなかった。ヒトゴロシをやめない限り。それでも、もし子どもができたとしても、男手ひとつでも。
「大丈夫さ。そんなふうにはならない。できうる限りのリスクヘッジはする。それに、うん・・・お前を引き止めることはしないよ。今までどおり、世界中を飛び回ればいいさ。お前はそれだけの価値があるんだから。」
キリコも同じ事を考えていた。どこまで、こいつは。
「・・・体、冷えちまったな。」
返事をする代わりに、キリコを腕の中に抱いて掛け布団を引っぱった。それだけで俺たちの世界は、布団の中だけになった。キリコが俺の胸に頬をすり寄せれば、汗と石鹸のいい香りがする。体温の高い俺の手のひらで、キリコの冷え切った背中を温める。
俺はどうしたって生きることに執着してしまうし、キリコは真逆で死を選ぶ。そんな俺たちがセックスに励むのは、とても滑稽だろう。セックスはコミュニケーションでスポーツでもあるが、生殖行為なんだとつくづく思った。
すっかり冴えてしまった頭で、ただただ腕の中にいる女を大切にしたいと、切に願った。
「眼帯、取って・・・」
俺の耳元で、すがるような声が聞こえた。
キリコの生き様そのものの黒い眼帯。これを外す意味に思いを巡らせれば、再び俺の中に火が灯る。
「ああ・・・」
かすれる声で、彼女の心を受け止めて、後頭部にあるマグネット式の結合部に手を伸ばした。ぷつりとたやすく紐が切れ、そろそろと黒い眼帯をキリコの顔から取り去った。
眼帯をチェストの上に置く。間接照明だけで薄暗い室内。闇が色濃く光と溶け合った中で、あらわになった、彼女のつぶれた目が見えた。
おそらく、つぶれたときの処置がまずかったのだろう。ケロイドを起こして、いくつも小さな疣ができている。無くなった眼球のくぼみには、皺が寄り、変色してしていた。
美しい。そう思った。
これは死で、それ以上に生命だ。
例えキリコ自身が、それを否定しても。
耐え切れなくなって、美しい目に唇をよせた。
彼女の腕が俺の背中に回る。
そのあたたかさを、愛おしいと感じながら、俺たちは深いくちづけを交わした。
広いベッドルームの中に、ほのかに吐息が混じる。
なにもかも差し出そうとしている女のために、できることは全てしてあげたい。
比喩ではなく、頭のてっぺんからつま先まで、キスの雨を降らせた。キリコはくすぐったいと言って、俺の下でころころと笑った。ああ、笑ってくれた。ただこれだけで俺は救われる。
縋るようにキリコの脚を開いた。
受け入れるように、彼女の手が俺の腕をなぞる。やさしく。やさしく。
なんだか泣きそうになってしまう。
そんな俺の顔を両手で、そっとつつんで。
「来て、ブラック・ジャック・・・」
あたたかいクリームのような笑顔に、俺はひとつ秘密を打ち明ける。
「黒男。」
「クロオ?」
「俺の本名。間黒男ってんだ。」
「初めて知った・・・そうか、クロオかあ・・・」
ふにゃりと目を細めて、慈しむように、何度も俺の名前を口にして。
「今夜は、そう呼んでくれ。」
まだ熱く潤んでいてくれた秘部に、俺の昂ぶりを宛がう。
「うん。来て、クロオ・・・」
世界の中で二人だけに聞こえるように、キリコは俺の名を呼んだ。
彼女の中は狭い。初めは特に。
どんなに慣らしても、彼女の中をめりめりと開きながら入っていくことになる。その度俺はキリコの中にいる達成感と、少しの征服欲を満たすのだ。今は苦しいほどの狭さが、やがてとろけて絡みつく。早くそこまで登りつめさせたい。
そんな欲望を、ゆっくりとキリコの中に埋めていく。全部入った、その合図のように深く息をつく。
「きもち、いいね・・・」
頬を桜色に染めて、少し恥ずかしそうに、快楽の言葉を紡ぐキリコ。ああ、それ。それが欲しかった。
「ああ。きもちいい。」
「いい・・・」
もっと、もっと聞かせて。俺で感じてるって言葉にして。逸る心を抑えきれない俺の律動を感じて、すぐにまた唇を閉じてしまったけど、キリコの言葉にこんなに飢えていたのかと実感させるには十分だった。
「んっ・・・」鼻にかかる声もいい、けど。
「・・・う」漏れ出てしまう声もいい、けど。
やっぱり、きちんと聞きたい。
キリコの脚を俺の両肩に乗せて、ぐいと奥まで貫いた。「・・・・!」声にならない叫びを上げて、白い喉を引きつらせる。ほら、それだけで、一層うねる。腰にずんと重たい快感がめぐるのを感じて、更にキリコの奥を突いた。たゆたゆとまろい胸が揺れるのを見て、思わず齧り付いてしまう。ひくひくと小刻みに震えるキリコは、なんてかわいいんだろう。さあ、そろそろ聞かせてくれ。明確な意思を持って、俺はキリコを一刺しした。
「・・・!・・・・・・!!」
声が出ないように、口を手の甲で押さえていたキリコの腕を取れば、甲に歯型が着いていた。
「こら、血が滲んでいるじゃないか。」
「・・・まだ、いってないから、いいだろ。」
そんなこと言うのか。どこまで強情ッ張りなんだか。「それじゃあ、いかせてやるから、ちゃんと言えよ。」なんて口から出そうとした瞬間、この方向じゃダメだ。意地張るだけだと取り消した。
「噛み付くのは、せめてシーツにしてくれ。」
俺が寄せたシーツのしわを手繰り、キリコはこくりと頷いた。
素直な反応に気をよくして、リズムを上げて腰を打ち付ける。途端にキリコの中に快感の漣が立ち、見る間に大きな波になる。ああ、もうじきだ。
「キリコ、約束。」
「んっ・・・や、くそく?」
「イクときは、言うんだぞ。」
「・・・うん・・・」
よっしゃ!完全勝利!どうした、キリコ、すごい素直だな。やっぱ人間素直が一番だよな!と見当違いな勝利宣言をしていた俺は、揚げ足を取られることとなる。
「いう、けど・・・・んんっ、イッた、ら、止めてね。・・・ひぅ・・・」
惚れた女に涙目でせがまれて、心が揺れない男はいるだろうか。いや、いない!少なくとも今の俺は無理!どれだけかわいくなればいいんだ、無意識ってのがけしからん、とか思ってるうちに、俺の余裕があっという間になくなった。
「・・・・ぁ、い、く、」
「キリコ、もっと言ってくれ。」
「ッ・・・イク・・・ううっ!!」
ぎゅんっと膣内を締め上げて、全身を痙攣させながら、キリコは絶頂を迎えた。
なんて冷静に見ている場合じゃねーんだよ。今!ここ!ここを突くとキリコがもっともっと気持ちよくなるのを俺は知っている。そんでもって、俺ももっと気持ちよくなるのも!
我慢、我慢だ。焦ると全部ぱあになっちまう。
「俺もイキたい」と泣きわめく息子をなだめつつ、キリコの心臓の音を感じていた。
大きく肩で息をして、絶頂から戻ってきたキリコは、汗ばんだ肌に銀糸を纏わせながら俺に微笑んだ。そして俺の首にするりと細い腕を回して「もっと」と史上最高にかわいらしいおねだり(!)をしたのだ。
「次はイっても止めないぞ。俺もイキたいし。」
前置きをすると、こくりと喉を鳴らして、「わかった」とシーツを握り締めた。
「キーリーコー、やーくーそーくー」
「・・・・ィ、って、ない・・・」
あ、このやろ。そうきたか。
そうかそうかと腰をグラインドすれば、たちまちに痙攣する柔らかな肉。当のキリコはシーツにがぶりと噛み付いて、快楽に流されないようにしているみたい。
流されていいのにな。俺はいつも流されてるぞ。すごいな俺、今夜はとても我慢している。
む、とっても意地の悪い考えが頭に浮かんでしまった。
「イってないなら、俺がイクまでずっとしてていいってことだよな。」
さあっとキリコの汗が冷たくなった。ひひ、お楽しみってことだ。
「待って、待って、そんなの・・・!」
すべすべしたキリコの尻を抱えて、ぱちゅん、と大きな音が出るように腰を打ち付ける。気持ちいいな。ここ、お前も好きだもんな。ぱちゅん、ぱちゅん、とだんだんスピードを上げていく。2,3回、キリコが達しているサインを受信したけど、当の本人はシーツに噛み付いてる。シーツにまで妬ける自分がいて苦笑する。ああ、でももう持たないな。一度すっきりしよう。射精を促すように、打ち込む角度をより深くすると、キリコのくちびるが震えた。
「・・・・も、う・・・・」
「もう、何?」
「・・・っ、もうっ、イ・・・、から・・・」
「キリコ、もう、何だ?」
何か言おうとしてるのは分かるんだが、言葉にならなくて、聞き取れない。腰の動きは止めない。ああ、キリコの中どんどんよくなるな。もうすぐ出るかも。短いストロークで穿ち始めた俺に悲鳴のような声が聞こえた。
「も、もう!イッて、・・・イッてる、から、ぁ・・・っ」
肌を羞恥で桜色に染めて、とびきりいやらしい言葉をあらわにするキリコに、心臓をぶち抜かれた。
そしてそのまま、キリコの中に思いっきり射精した。
もうキリコがかわいくって、やらしくって、仕様がなくって。バックで2発、座位で1発やった。さすがにペースが速すぎだ。サルかよ。ははっ。とか思ってたら、急にキリコにマウントを取られた。
そこでひとつ分かったことがある。キリコは騎乗位が、好きだ。いいや、正確には「騎乗位で乗っかられてヒイヒイ言ってる俺を見るのが」好きだ。
これは仕方が無い。だって半端ないんだもの、あいつ。
ロデオマシーンなんて生易しいもんじゃない。
カウガールに蹂躙される野生馬の気分。
おためしあれ。
なんて、絶対に、勧めない。
*************
死活問題。
天才外科医ブラック・ジャック!どんな困難な手術にも立ち向かう、奇跡の指!
違う。こいつが恐ろしいのは、お化けみたいなスタミナ。
お化けじゃわからない?
じゃあ、恐竜。ゴジラ!トランスフォーマー!
スタミナがあるから、12時間ぶっ通しで手術しても、廊下の椅子で一眠りすれば復活するのだ。
つまり、それはセックスにも当てはまるって事で・・・
私が騎乗位を極めようと思ったのは、自衛の手段でもあった。
少しでも奴の残弾数を減らす、これが目的。
体力バカで何発も打つから、早漏なのかと思えばそうじゃない。余計たちが悪い。
もともと執念深い性格だから、こうと決めたらしつこい。
計算外だったのは、私もだんだん感じるようになってきてしまったこと。
あさましい体に苦笑しかない。
まだ、気付かれてないはず。
やっぱりブロウジョブ、がんばるしかないのかな。
*************
こぽり。
騎乗位でキリコに散々絞られて、息も絶え絶えな俺をやっと解放してくれた。
つながったそこを引き抜くと、キリコの中から白く濁った俺の精液があふれ出す。ぽたぽたと雫が落ちるような量じゃない。どろりと大きな塊になって、シーツの上にどんどん染みを広げていく。
慌ててティッシュペーパーを渡す。
「お腹ん中、いっぱいになっちゃった。」
俺の目の前で股を拭く彼女の仕草に、また催してきた。自分でもちょっと引く。その劣情を紛らわすために、時計を見る。まだ午前1時。うっそ。ベッドに入ってから2時間しか経ってない。
・・・・・・・・休憩しよ。
のろのろとベッドから降り、冷蔵庫にあったガスなしのミネラルウォーターを2本出した。
キリコに1本差し出すと、
「ありがと、クロオ。」
自然に呼ばれて、どきっとした。
母さんに呼ばれるような懐かしさではない。親父に呼ばれるような嫌悪感でもない。
なんとなく、くすぐったい。あ、俺、照れてるんだ。
「顔、真っ赤だよ。クロオ。」
にへっと笑うキリコ。お前わかってやってるな。
「クロオ。」「クロオ。」呼ぶたび、俺のほっぺたをつつく。教えるんじゃなかった。
ぶすっとミネラルウォーターを飲む俺の耳元で、キリコは「クロオ」ともう一度囁くと、頬をそっと春風がなでるようなキスをした。
こういうことをするから、こいつは。もう。
俺はがぶりと水を飲む。照れ隠しなのはばれてるだろう。
委細は省くが、キリコのファミリーネームを俺は知っている。つまり「キリコ」が本名であることも知っている。「死神の化身」なんて物騒なあだ名があるから、そっちの方が有名な場合もあるらしい。
でも、今ここにいるのは、ただのキリコだ。
眼帯を外したとき、死神はこいつから離れた。
今夜、この時だけは俺にキリコを渡してくれ。
ぐいと肩を引き寄せれば、アイスブルーの瞳が俺を見上げる。
「名前。」
「ん?」
「呼んでくれないのか。名前。」
「ふふ、クロオ。」
「おう。」
「クロオ。」
「何だ。キリコ。」
「なんでもない。ふふ。」
笑いながら、俺の目じりをキリコの指がぬぐう。
ああ、俺、泣いているのか。
「クロオ。」
うん。そう。俺の名前。
「クロオ。」
爆風に全てが吹き飛んだあの日から、こんなふうに呼んでもらえる日が、来るなんて。
「クロオは泣き虫だなあ。」
ああ、本当は俺は泣き虫なんだ。知らなかっただろ。
今夜、この時、俺はブラック・ジャックではなく、ただの男としていられた。
こんなことは今までに一度だって無かった。
産まれたての赤ん坊のように涙を流す俺に、キリコはそっと肩を寄せて手を握ってくれた。
「クロオ。」
何度もやさしい声で呼びかけながら。
何度も。
何度も。
「っ、あ・・・・クロオっ!!」
小さな悲鳴のように響いた声は、汗の雫の中に溶けて、俺たちの間をつたっていく。
「キリコっ」
突き上げると戦慄く体は、もう何度目か数え切れない絶頂を示した。
「・・・ィ、く・・・」
朦朧としながら、律儀な彼女は約束を守る。
だが、とろけた視線は、突然びくりと固まってしまう。
「な、に。なんか、うごい、て。」
俺のものが突き刺さった彼女のうすい腹を見て、ひどく戸惑っている。俺もよくわからなかったけど、腰を打ちつけたときに、驚いている理由が分かった。なにかが当たるのだ。
「子宮だな。子宮口というべきか。」
キリコの顔色が、見る間に青ざめていく。
チ、とひとつ心の中で舌打ちをして、より深く彼女を貫いた。
「ふ、あ・・・!」
腰を進めて、俺のと彼女がぶつかる部分を捻つける。遠慮がちだった彼女の子宮口は、やがて俺の先にキスをするように吸い付いてきた。ぐにぐにと更にいじめる。
「や、めて・・・」
なんのために、お前にしかない臓器が動いたのかなんて、理由はひとつだけ。
「・・・こわい・・・」
震える声とは裏腹に、だんだんと快楽の方が勝っていくのを、彼女の瞳から見て取れた。
そうだよな。怖いよな。
でもやめない。
「ここで、いこう。一緒に。」
もし、とか、万が一、とか。しっかり話し合った。そんな不確定なものより、今の俺たちを見てくれ。
肩書きとか、信条とか、しがらみとか、そういったものを全部脱ぎ捨てて、ただの男と女になれたんだ。この俺たちが、だぞ。
そう力を込めて伝えると、キリコはぽろぽろと涙をこぼしながら頷いた。
「つれていって。」
このときのキリコの表情を俺は一生忘れない。
かわいくて、いやらしくて。不器用で、一生懸命で。底意地が悪いかと思えば、全部併せ呑もうとする献身も厭わない。お前さんのような女、世界中のどこにだっていないさ。
いるのは、今、ここだ。俺の腕の中に!
抱き潰すようにキリコの上に圧し掛かると、キリコの腕が俺の頭を掻き抱くのがわかった。
俺たちの汗が互いの体をぴったりとつなぐ。隙間なんかなくなればいい。顔の間の隙間も煩わしくて、唇にかじりついた。体の奥の奥から湧き上がる快感。
「く、ろ・・・ごめ、ん・・・ィっちゃ、う・・・」
「謝らなくていい。いっぱいイって。」
「止め、られあ、」
「ああ、最高、キリコ。きもちいい。」
「っ、イ・・・く、う・・・・!」
「キリコ、キリコ」
「ふあ、くろお・・・」
びくびくと魚のように跳ねるキリコの体を押さえ込み、彼女の最奥に擦り付ける。その度に、また新しい快楽を得て、彼女は俺を締め付ける。快楽のループだ。ずっと続けばいいのに。廻りめぐってふたりとも混ざってしまえたらいいのに。
強い吐精感に獣じみた呻き声が漏れる。
それにキリコの舌足らずな声が重なる。
「つれて、いって・・・くろ、お・・・」
「・・・もっと、」
「つ、て・・・いって・・・」
「もっと!」
「つれて、いってぇ!」
彼女の叫びが、俺の脊髄を走っていく。とっくにショートした脳みそより、素早く神経が弾ける。
「お、うおおっ!キリコ!キリコ!」
「あ、あ、-------・・・っ!」
一番奥に射精した。塗りこめるように、2,3度腰を深く振って。
スパークが飛ぶ頭でずり落ちると、キリコの胸が受け止めてくれた。
心臓が壊れそうな勢いで鳴っている。
俺の音か、キリコの音か。
どっちでもいいかと、俺は意識を手放した。
ヴーーーーーーーン
ヴーーーーーーーン
なんの音だろう。
隣でキリコがもぞ、と動いた。
「・・・携帯のバイブ・・・・切るの忘れてた。」
時計を見ると午前4時。おいおい、ここのところ毎日、こんな時間に起きてたのか?くあ、とあくびをひとつして、俺はバスタブに湯を張りに向かった。
夜明けのビーチ。空はやっと青い乳白色に染まり始め、西の空には名残惜しそうに深い青が留まっている。昼間の暑さをすでに感じさせる熱風が、とろりと流れていく。
町はまだ目覚めない。
ちょっとふらつく足取りのキリコを支えて、砂浜に下りる。ちょっとじゃないか。うん。かなり。
夜明けの海が見たいなんて俺の言葉に付き合ってくれている。寝ぼけているのか、昨日の水着まで着てくれた。まあ、これには諸事情があるのだけど。それに白いパーカーをかぶせて、ここまで連れて来た。
白い光が満ちていく。
朝日は見えないけど、波がどんどん鮮やかになっていく。
砂の上に座って、感慨深く海を見つめる俺を置いて、キリコは波打ち際へ。寄せては返す波の動きに、スローなステップを踏むかのよう。
そこへ野良犬が一匹。
どこから来たんだろう。
犬とじゃれつくキリコはきっと笑っている。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・おい!犬!
犬はあろう事か、キリコの股に鼻を突っ込んで、しきりににおいを嗅いでいる。
こらこらこらこら!!
そこはさっきまで俺が散々マーキングしたんだぞ!
犬なら気付け!!
俺が犬を追い払おうと立ち上がる瞬間。
ああ、やった。
キリコが波の中に尻餅をつくのが見えた。
「がおーっ」と驚かすと犬は逃げていった。ふん、他愛もない。
犬に勝利宣言をして、キリコを助けるために、波の中に座り込んでいる彼女を見た。海水に濡れた白いパーカーから、ピンクの水着が透けている。やわらかい銀の髪にしたたる雫はきらきらと光って。
俺に手を引かれて立ち上がると、キリコは「びっくりしたあ。」とへにゃりと笑った。
「俺も、びっくりした。」
そう、驚いた。
ついさっきまで、あんなに繋がっていたのに。
これ以上ないくらい、思いをぶつけたのに。
きっと俺は何度でも、彼女に恋をする。
新しい表情を見せてくれるたび。
熱い夜を思い出すたび。
数時間後には、ブラック・ジャックとドクター・キリコに戻っているだろう。
それでいい。
また顔を合わせれば、言葉遊びのように他愛のない応酬をするのもいい。
本気で掴みかかって、お互いに主張しあうのもいい。
時には憎たらしくて仕方が無くて、呪いたくなる事だってあるだろう。
でも、それが俺たちだ。
朝日が空いっぱいに広がる。
海と砂浜の境目で、俺たちは見つめあう。
また、熱い一日が始まるのだ。