『論文と飛沫の戯れ』
キリコとベッドで一戦交えた後、俺は冷蔵庫へペットボトルを取りに行った。
戻るとキリコはサイドテーブルにあった医学書に夢中になっていた。
ペットボトルを受け取って。
「興味深いタイトルだったから手に取ってみたんだ。おもしろいな。」
俺はごくりと冷たい水を流し込む。
「今はいいだろ。」
憮然とした俺の声に怯むことなんてないのは分かってるけど。
「この論文だけ読ませてくれ。」
論文が何ページあると思ってるんだ。
「…わかった。俺は俺で楽しむから。」
完全に無視された。
まあ、その論文は俺も相当のめりこんで読んだやつだし、興味が湧くのも当たり前か。
ベッドサイドに腰掛けたキリコを仰向けに倒した。それでも彼女は論文に夢中。こいつも医者馬鹿だ。
脚を割り開いても、何の抵抗もない。こいつこういうところあるんだよな。自分の肉体に価値なぞ無いって本気で思ってるもん。だから隙があるように思われて、媚薬なんか仕込まれるんだ。
キリコに対するものか、かつて媚薬を飲ませた連中へのイライラか、どっちともつかないまま適当に擦って大きくした陰茎をキリコの中に突っ込んだ。
「…ん、う。揺れて読めないじゃないか。」
「じゃあ、読める程度にしとく。このくらいなら読めそう?」
ゆるゆると腰を揺さぶる程度にする。そのたびキリコのまろい胸はたゆたゆと揺れる。
「読め、そう。今いいところだから。」
ああ、そう。じゃあ俺もいいことしよう。腰をくねくねと回して、キリコの中をかき混ぜる。
「…っ!」
キリコの脚が強張った。気を良くした俺は、尚も腰を揺らす。
「すげーよな。ここ。俺、今日何回出したっけ。俺のとお前ので、ぐっちゃぐちゃ。」
「黙ってて。いいところ、なん、だから。」
「お前を論文に取られちゃって、サミシイ俺の独り言くらい気にすんなよ。」
「…………」
黙ってしまったのは、息が上がってきたせい。ばれてるよ。
「さすがに出しすぎたよなあ。ちょっと掻き出したほうがいい気がして来た。」
ゆるゆると腰を進めていく。「論文読める?」なんてわざわざ聞きながら。キリコは黙って頷いた。
膣の奥までひどくゆっくりとたどりつく。奥の奥をねじつけるように擦ると、キリコの体は大きく震えた。
「論文おもしろい?俺は28ページ目が印象深かった。」
「ま、だ、26ページ目…う……」
「あと10ページじゃないか。もうすぐ読み終わるな。」
雑誌掲載の論文でよかった。
「さて、と。」
わざとらしく一呼吸おいて、一気に陰茎を引き抜いた。
「…!……!!」
キリコの腰が浮いてガクガクと震える。それでも論文を離さない彼女にぞくぞくずる。本で隠した顔が見たい。
「やっぱこっちの方がいいかな。」
のんびりと言いながら、キリコの下腹部へ指を滑らせる。逃げようとする腰を押さえて、中指と薬指をぐっちゃぐちゃになった膣の中へ侵入させた。
自分で言うのもなんだが、器用なほうだとは思う。
脳神経外科やってるんだし、この指でメシ食ってんだし。
だけど初めて女のソレを触ったとき、なにがなんだかわからなかった。いくつも襞があるのに粘液がまつわりついて、悔しいことにさっぱりわからなかった。でも今はそん時よりは、わかるかな。小陰唇がどうとかいう話じゃなくて。なんてったってみっちりレクチャーされたもんな。なあ、先生。
「ゆっくり論文読んでな。俺はこっちをきれいにするから。」
ぐちゅり、と中で指に角度をつける。
「もう読んだ!」
たまったもんじゃないとキリコがサイドテーブルに論文を放り投げるけど、もう遅い。
論文の向こう側にいたのは、さっきまでのすまし顔はどこへやら。快楽に流されまいと何度も抗い、今まさに押し切られそうになっている、そんな顔。いいなあ。猛烈にいいなあ!
俺の指はキリコのいいところをこれでもかとばかりに擦り上げる。にちゃにちゃと粘着質な音が響く。
激しさを増す指の動きに、キリコは悲鳴をあげる。
「やめて!やめてよお…!」
「そんなに嫌か?ここはそうは言ってないみたいだけど。」
だんだんと水っぽい音をたて出したソコを刺激する。
「ベッド、汚しちゃう…」
なんだそんなことか。
「別にいいのに。ホラ、バスタオルひいたぞ。」
「いやだ…やだ…ぁ…」
さあ、イけ!
「あ、あ、あ、あ、あ…っ!!」
こんなことを言うとキリコにヘンタイ呼ばわりされるので、最近は言ってないのだが、俺はキリコのこの体質がとても気に入っている。
男の体はわかりやすい。興奮すれば起つし、絶頂すれば出るし。しかし女の体はわからん。実に神秘的。馴染んだ体ならわかることは増えるものの、確信めいた分かりやすいサインはでないのだ。たとえば色が変わるとか。形が変わるとか。
だからキリコが達したサインである小さなしぶきを、俺はとても気に入っている。
もちろん俺もキリコも医者だから、それがどこから出るのかわかってる。だから尚更キリコは嫌がるわけだ。俺としちゃどばどば漏らすわけでなし、ベッドに少し染みを作るくらいどうってことないのに。
「自分が射精するのを、私の中じゃなくて、全部シーツの上に出してるところを想像すればいいんだ…っ!」
そう言われて、ああそうかと納得しかけたけど、やっぱりちょっと違う。
濡らすのが嫌なら、今みたいにタオルを敷けば良いだけだし。
あんまり我慢してると気持ちいいの減っちゃうぞ?
俺に無理やりされてるって思うのもしんどくない?
「この体質に本当に悩んでいるんだ。」
「どうしてバスルームとか罪悪感の少ない場所を選んでくれないのか。」
と至極真っ当な反論を受けて「善処します…」としか言えなかった。
『Call Me』
俺がキリコに本名を打ち明けたのは、ある夏の日だった。
いろいろ馬鹿をやらかした俺は、あたたかいクリームのような微笑をくれた彼女に、大事な秘密を打ち明けるように教えたのだ。
それからしばらく時間が経ったが、キリコは自分から俺の本名を呼ぼうとはしなかった。実際仕事でかち合ったときに、その名前で呼ぶような理屈の通らんヤツではないと思ったから教えたんであって、それに何の問題もなかった。でも流石に二人きりのときまで呼んでくれないとは。
なかったことにされているのではないかと不安になったころ、あの夏の日のことを断片的に思い出した。キリコの眼帯を外したのが切欠になって、俺の本名の話になったのだった。じゃあ眼帯を取る対価として、俺の名前を呼ぶ切欠を作ることができたら…と、俺にしかメリットのない都合のいい取引を思いついたのだ。
しかし意外とそれはすんなりとキリコに受け入れられて、俺が眼帯を取るお伺いを立てて受理されたら、即本名を呼ぶ権利が譲渡されるという、何とも形式的なものに成り下がってしまった。全然面白くない。
しかもキリコは俺の名前を一度しか呼ばない。夏のあの日みたいに、甘い声でいっぱい呼んで欲しい…なんて幼稚園児並みの思考でタバコをふかしていた。
ぎしぎしとベッドが俺の律動に合わせて鳴く。
ベッドに入るや否や、俺は眼帯を取るお伺いをキリコに立てた。これが突っぱねられる確率もそこそこあるので、今夜は何度でもトライするつもりだった。
機嫌が良いのかキリコは「いいよ。」と許可してくれた。今までもこれからも、彼女の眼帯と、その下の傷跡は俺にとって崇高なものに違いはなかったが、今は自分勝手な欲求の方が勝った。少し申し訳ない気持ちになりながら、そっと黒い革の眼帯を彼女の顔から取り去った。
いつもなら、ここで「俺の名前を呼んでくれ」ってキリコに権利が譲渡されるはずだったんだけど、今夜はそれを無視して、何も言わずにキリコの体に押し入った。
絶え間ない快楽の波に飲まれながら、キリコは眼帯の対価を求める。
「B、J…『名前』、呼ばなくていいの…?」
そう。これが欲しかった。
「いいよ。別に。」
素気無く答える。
その言葉とは相反して、俺は意地汚くキリコの華奢な体を貪る。ひくひくと彼女が吸い付いてくるのがたまらない。
「素直に、なれば、いいのに…」
荒い呼吸の中で、途切れ途切れに俺を非難する声がする。
「俺はいつだって素直。」
事実。ぐいっと奥を貫けば、キリコの体はエクスタシーを得て震える。
はくはくと空気を噛んだあと、キリコは恨みがましく俺を睨んだ。
「もう、今しか、聞かない、んだ、からあぁ…ッ!」
彼女の言葉を遮って、達したばかりで敏感な奥の襞を攻める。いつまでも攻められっぱなしでいるわけがないキリコが下腹に力を込めて、俺を搾り出そうとする。それならそれで構わないと精を放つだけだ。お前が「そう」言わない限り。
「勝手に、呼ぶ、から、な、…」
「だめ。今は呼んでほしくない。」
「う…うン…」
いつもの眼帯を巡ってのやり取りを、俺の本名に置き換えて攻守交替。ゲーム再開。
「本当に、呼んで、やらない、っ」
「いいよお。」
貸しを作るのが嫌いなキリコが、俺の本名を呼びたがる。
いじめるお前もいいけど、このくらいいじめられるお前もいい。
ロープとか手錠とか、おっかないのは今の俺たちにはいらないよな。商売柄つけたくなくてもつけられる場合が少なからずあるし。こんなふうに言葉でやり取りをするのが一番合ってる。それが今みたいにベッドの中なら最高さ。
ふたつの舌がお互いの唾液でどろどろに舐めつくされるようなキスをして、俺はキリコの中に射精した。あー気持ちいい。
ちかちかと快感の火花を散らしながら、再び覆いかぶさった俺の頭をぽかりとキリコは殴った。
「やだ。」
「呼んでいいって。俺の本名。」
「絶対呼んでやんない。」
拗ねた。完全に拗ねた。キリコは狭いシングルベッドの端っこで俺に背中を見せてむくれている。
「なあー、いいって。」
なれなれしく肩にかけた手をぴしゃりとやられる。おお怖。
「ふーん。それじゃいいや。呼んでくれなくたって。眼帯も着け直してやる。」
オーバーリアクションでサイドテーブルの眼帯に手を伸ばす。
そんな俺の体を引き止めるようにキリコが抱きついてきた。
「やだ。」
かわいいな、もう。
「やだばっかりじゃねえかよう。」
「いやだったら、やだ!」
駄々っ子のように拗ねるキリコがかわいくって仕方がなかった。思わずくつくつと笑みがこぼれてしまう。俺の様子にさらにへそを曲げたキリコがまくし立てる。
「抱きつくのだって、やなんだからな。」
へえ、キリコの背中に回した腕に力を込める。
「今はさわられるのもいやだ。」
ふうん、彼女の脚を容易く割り開いて、そのあいだの蜜壷に無遠慮に指を這わせた。愛液と精液でぐちぐちと音を立てる。
「キスされるのも、いや、」
そうなんだ、舌を噛まれるのも困るので、ぺろりとキリコのくちびるを舐めた。キスをしない代わりに、密壷を荒らす指の数を増やして、内側に潜入させる。
「っは…あ、こんな、感じるのも…」
いやじゃないよな、そう言う前にキリコに乗っかった。脚を高く上げて俺の肩に掛けたのを見て、キリコはいやいやとかぶりを振る。馴染んだ体は、これからどうなるかよく知っている。
圧し掛かるように体重をかけてキリコの奥を貫いた。
あっという間にエクスタシーを得た体が、次の快感に向かって加速していく。「ばか」とか「いや」とか言ってるけど、その声がとろけてこの上なくイヤラシク聞こえるのを知っているのかなあ。ねっとりと絡みつく肉が、ひくひくと痙攣を続けている。脳の中に快楽物質が満ちるよう。いい気持ちだ。
重く熱いため息をついた俺に、キリコが両の手を差し出して求めている。
「なまえ、呼ばせて、くれないと、やだ…っ」
頬を真っ赤に染めて、アイスブルーの瞳を涙でうるませて。そんなの反則だぜ!
「…いいよ。呼んで!俺の名前。」
もう降参。
キリコの両手に誘われるまま、彼女の胸に顔をうずめた。耳元に彼女の声が切れ切れに聞こえる。
「…ろお」
うん。
「くろお……っ」
そう、俺の名前。ベッドの中で俺をその名で呼べるのはお前さんだけ。
母さんによばれる郷愁感でもなければ、親父に呼ばれる嫌悪感でもない。キリコの響きに、胸のうちが甘いもので満たされていく。
激しく穿ちだした俺の動きに、彼女は見る間に登りつめていく。彼女のオルガスムスが巻き起こす熱い嵐の中に、思いっきり滾った精をぶちまけた。
はーっ、はーっ、
荒い息が響く。
ごめん。もっと欲しい。
彼女と繋がったまま、もうワンラウンド。
「んう…」
キリコの腰を抱えて大腿に乗せ、下から突き上げだした俺の動きに眉を歪ませる。
「もう、」と言いかけて口を噤む。そうだよな。お前さんが簡単に弱音を吐くタマじゃないもんな。まだ付き合ってくれるだろ。ぎちぎちと俺を食いちぎらんばかりに締め上げた肉が、とろとろになっていたところにまた突き上げられて、強制的にシフトチェンジさせられる。
「呼んでよ。俺の名前。」
さっき駄々を捏ねたせいで、随分ばつの悪そうな顔をして、キリコは小さく口にした。
「…くろお、の、ばか。」
そういうのも良いけど!
「くろおの、スタミナおばけ!」
違うんだよお。
まだ俺の悪口を言いそうなキリコのくちびるをふさいだ。どうやったらまたさっきみたいに俺を求めて呼んでくれる?思い通りにならない猫を相手にしてるみたい。油断したらシャーって引っ掻かれるの。あ、あれ?なんだろ、この違和感。
キスを解いたキリコは、がばりと俺に抱きつくと、耳元で「く、ろ、お、」と囁いた。
うわあ、恥ずかしい!
「ばれてた?」
「今分かったよ。くろお。」
さっきの違和感。コイツが俺の思うとおりになるはずなんかなかった。どうにかしようなんて考えたところに無理があったんだよなあ。でも誤解しないで欲しい。多少小賢しくなったのは認めるけど、元々は純粋な願いだったんだ。
恥ずかしくてどうにかなりそうな俺は、完落ち状態。
「もっと呼んで欲しかったの?」
「…そう。」
幼稚な心を見透かされて、いたたまれない。キリコの目も見られない。
だからツギハギの頬を、銀髪がふわりとかすめたのにも気がつかなくて。
「くろお。」
キリコが耳元で囁いている。
さっきのトーンとはまるで違う、やわらかい声。不思議に俺の乱れた心は、じんわりと収まっていく。
「まだ、呼びなれてないから、練習。」
俺の肩にもたれて、背中をしっかりと抱きしめてくれている。ときおり、とんとんとあやすように。
「くろお。」
ちょっと緊張した、それでもあたたかい響き。
「くろお、返事してよ。」
くすくすと笑いながら、俺の名前を呼んでくれる。
キリコの顔が見えないのが本当によかった。もうわけがわからないけど、俺は泣きそうで「うん。」としか言えなかった。
その日から何かが劇的に変わったってワケじゃあないんだけど、俺の中でさっぱりしちゃったというか、キリコが呼んでくれるんならそれでいいやって納得した。
ふたりでしこたま汗をかいて、ぐうと一眠りしたあと、おぼつかない足取りでキリコは台所へ向かった。寝ぼけているのか、俺のカッターシャツを羽織って。
「くろお、コーヒー淹れるよ。お砂糖いくつ?」
「…3つ。」
「甘すぎない?」
「今の俺にはちょうどいいの。」