※緊縛描写有・閲覧注意※『プワゾン』(1)

『プワゾン』

1.

秋も終わりの昼下がり。

穏やかな陽が岬の家のぼろぼろの床をあたためていく。

急患もなく、俺は愛用のパイプの手入れをしていた。

漸くつややかなあめ色になってきたパイプの光沢にうっとりとしていたところ、家の外で俄かに激しいブレーキ音が響いた。

何事か。ワケありの患者でも来たかと飛び出せば、ワインレッドの旧車が横付けにされていた。

この車に乗っているやつを俺は嫌と言うほど知っている。舌打ちをして玄関のドアの前に通せんぼをするように立った。やがて車のドアが開いたかと思うと、運転席から出てきたのは、ああ、やっぱり。ドクター・キリコだった。

死神の化身が何の用だと、一声かけようとしたが、様子がおかしい。

体の力が入らないのか、車のボディに寄りかかるようにして、やっと立っている。

また変な病に罹っているんじゃないだろうな。

キリコは片手を上げて、駆け寄る俺を制した。

そして彼女はたった二言だけ俺に告げる。

「やられた。」

「縛れ。」

それだけ言うと、俺の目の前に白いロープを突き出した。

全く意味が分からない。

厄介ごとに巻き込まれたのだということだけは、間違いがなさそうだった。めんどくさいことになりそうだ。眉間にしわを寄せながら、俺は改めてキリコの表情をうかがう。

瞳は熱くとろけ、頬を桃色に上気させて、さながら酒に酔ったような面持ちでいる。しかしこれはアルコールによるものではない。アセトアルデヒド臭がしないのだ。では、何によるものか。もう一度キリコの顔に目をやると、彼女は額に汗を浮かべながら、 唇をきつく結んでいる。そんな彼女の様子は、自らの失態に対する怒りを噛み締めるよう。もしくは、何かに耐えているようでもあった。

キリコの様子が明らかに常態では無いのはわかったが、とにかくここではいけない。家の中へと促すようにキリコの肩に触れた。

「あ。」

小さく悲鳴を上げ、キリコはずるずると車のボディのカーブに沿って座り込んでしまう。

はあはあと激しく呼吸を繰り返し、立ち上がろうとしているのか脚をもじつかせるが、力が入らないようだ。地面の枯れ草をキリコの低い踵の黒い靴が空しく蹴る。

見ていられない。彼女の体を横抱きにして、家の中へ駆け込んだ。

「事情を話せ。何も分からないままでは手の施しようがない。」

つっけんどんに問いかけると、壁に寄りかかったキリコの隻眼がぎらりと俺を射る。

「話したくない。」

天を仰ぐ。こいつはいつもそうだ。

「じゃあ何もできないが、かまわんかね。わざわざ俺のところに来たのは、そうやって意地を張るためなんですかい。」

イライラしてきてパイプに葉を摘める手が、思わず乱暴になる。

「治療の類は何もしなくていい。」

キリコは床の一点を努めて見つめているようだった。彼女の体が小刻みに震えている。怒りや後悔、それから何だ?読み取れない感情が漏れ出ている。キリコから与えられる情報を言葉以外からも拾おうとする俺に、ぎりっと歯噛みする音を立てて、吐き捨てるようにキリコは言った。

「私を縛って、放置してくれ。床に転がしておいてくれて構わない。それだけでいい。あとは時間が解決するはずだ。」

パイプに落とそうとしていた火が危うく服に点くところだった。

「待て。何が何だかサッパリわからん。お前さん、いつからそんなマゾヒストな趣味を持つようになったんだ?」

「趣味のわけあるか!」

キリコの表情がいよいよ怒りで赤くなる。

「いいから黙って縛れ!」

「自分でやれ!」

「できないからお前に言ってんだろ。」

「どうしてかの理由も言えんヤツに、何故俺がそんなアブノーマルなことをせにゃならんのだ。」

タバコの煙の中に俺とキリコの口論が浮かんで消えていく。

「…盛られたんだ。」

ぽつりと観念したようにキリコの口から言葉がこぼれる。うつむいた彼女の表情はわからない。

「盛られたって、薬か何かか。」

こくりと銀の頭が頷く。

開いた口がふさがらない。大体こいつは毒物劇物を扱う商売の癖に、自分がその類の薬にやられてるって、どれだけ間抜けなんだか。とうとうここまでいかれたか。これを機に職を変えてしまえ。一気にまくし立てた俺に、一瞬恨めしげな視線を向けたがキリコはまた俯いてしまう。

「そうだよな。自分でも間抜けだってわかってる。薬ですっかり頭が回らなかったみたいだ。他所を当たる。邪魔をしたな。」

早口で呻いて、戸口のほうへにじり寄る。さっきよりも呼吸は荒く、脚は震えて、いったいどんな薬を盛られたというのだろう。さっき車でやって来たが、こいつこの状態で運転する気なのか?冗談じゃない。事故を起こして誰かを巻き込むのはやめて欲しい。そうなりゃ俺の出番になるわけだが、そんな出番はないほうがいい。

俺の胡乱な思考を受けたかのように、キリコの脚がぐらりと傾く。危ない!

とっさに腕を伸ばして抱きとめると、彼女の胸を掴んでしまっていた。事故だ、と弁明しようと両手を上げた瞬間、キリコは俺の胸元のシャツもタイもベストも全部ぐしゃぐしゃに握ったまま、大きく体をわななかせていた。

びく、びくと震えたキリコは、ぐにゃりと俺に寄りかかってきた。

俺はだんだんとキリコがどんな薬を盛られたのか、予想が立ってきた。

こいつが俺のケツに一発見舞って、何日も俺を苦しめたあの類の薬。

一晩で何発抜いたかわからなくなるくらい、キツくて、たまらなくなる、あの薬。

「キリコ、お前さんが盛られたのって、媚薬か?」

2.

ぐにゃりとしたキリコは頷くのも気だるい様子で「そう」とだけ言った。

「だったら手持ちの解毒剤の出番じゃないか。」

「もう2時間前に打った。でも全然効果が出ない。酷くなる一方なんだ。」

たったこれだけの情報を、とぎれとぎれに言葉にする。

「だから睡眠薬を車の中で飲んだ。お前のところに着いて、家の中で眠ってしまえば、幾分かましになるだろうと思って。」

バカな!大声が出てしまった。薬のカクテルを飲んでいるようなものだ。どんな副作用が表れてもおかしくない。こんなことお前さんが分からないわけないのに!

「バカだよ。馬鹿なんだ。だから縛って放っておいて。」

どうしてそこで「縛る」が出てくるんだ。

「縛って置いてくれたら、お前を襲うこともないだろう…?」

鋳型に注がれる熱い鉄のように、とろりと向けられるキリコの視線に空唾を飲み込んだ。ああ、馬鹿なのは俺も同じだ。

「床に転がすのは気が引ける。患者用のベッドがあるから、そこを使え。」

声がうわずるのを誤魔化しながら、案内をする。

背後からキリコが脚を引きずるようについてくるのが分かる。きっとその手には白いロープが握られている。

患者用の病室はしばらく使っていなかった。これから天気の悪い季節になるから、よく晴れていた昨日、思い立ったようにリネン類を洗濯したばかりなのが救いだった。でもこもったような匂いがするような気がして、窓を開けようとした俺をキリコの声が呼び止める。

「窓、開けちゃうと見えるでしょ。」

しかし換気を…と振り返った俺の息は止まる。

キリコは仕事着の黒いスーツのジャケットを床に落とし、ブラウスのボタンをはだけていた。

「誰かに見せるなんて、困る。」

衣擦れの音を立ててスラックスが、ほっそりとした脚線美を滑っていく。白いレースの下着が見える。

「いけないことするのに…」

銀髪の隙間からキリコのアイスブルーの瞳がゆらめく。

青い炎の熱に浮かされるように、キリコの手の中のロープを取った。キリコは黙って手を後ろに回し、腰の上で組んだ。そして俺にブラウスの背中を見せると、すっかり桃色にそまった首筋を擡げて、小さな声で言った。

「縛って。」

俺の喉はもうからからだった。

まともに返事ができないのに、体に溜まり出した熱だけは感じる。震える指先を誤魔化しながら、キリコの手首を一絡げにして結ぼうと、白いロープを手繰り寄せる。

「ん」

ぎゅっとロープを巻きつけた瞬間、キリコは鼻にかかったような声を上げる。

「きつかったか?」

力加減が分からず、聞き返した俺にキリコは震える。

「大丈夫だから…そのまま、縛って。」

喘ぐように紡がれたキリコの声は、小さく消えた。俺は頼まれたから縛っているだけだというのに、キリコの言うとおりにとてもいけないことをしているような気分になっていた。倒錯的、退廃的、そんな言葉が俺の脳内に広がる。

邪念を振り払うように、キリコの手首の結び目を引き縛った。

「あ…っ」

キリコの汗が散る。彼女の細い体が震えている。

そうじゃない。これは頼まれたからしているだけ。そうして欲しいとキリコが言うからしているだけ。

もう結べた。これでいい。まだ余っているロープを捨てて部屋を出よう。

呪文のように繰り返す俺の方へキリコが振り向いた。

後ろ手に縛られた腕を確かめるように身を捩る。ブラウスの隙間から、首筋を通過して豊かな胸の谷間、なめらかな腹部の臍までが一筋に覗く。 白い肌が匂い立つような薄桃色に染まっている。

声も出せずに視線を絡め取られている俺にキリコは残酷な言葉をつぶやく。

「これだけじゃ、私、逃げちゃうかも。もっと縛ってくれないと、きっとお前を襲いに行くよ。」

ああ、そんなことを言わないでくれ。

「まだ、ロープ余ってるでしょ。それでもっと、縛って。」

キリコは汗で銀髪が張り付いて、陶然とした面差しで、俺の方へそのまろい体を寄せる。

「どんなふうに結んでもいいのか。」

何か言い返したかった。何も思いつかなくて、とっさに口から出た言葉が、ひどくやる気のある意味合いのものだったのが、自分でも残念だった。

「好きなようにしていいんだよ。」

非日常的な行為をしている自分を受け入れられない俺ごとつつむようなキリコの言葉は、俺に我を忘れさせるには充分だった。

力任せにブラウスの上からキリコの二の腕へ、そこから白いレースの下着の下へ食い込ませるように二重にロープを巻きつける。ぎり、と引けばキリコの口から熱い吐息が漏れる。俺の額から汗が流れる。

まだ余るロープで今度は胸の上から縛ることにした。彼女の形の良いバストが縄に抉られていく。

「あンッ」

珍しく彼女にしては大きい声が出た。体をしきりにもじつかせている。

「動くと縛れないだろうが。」

俺はこんなに冷たい声が出せたんだろうか。

「ふふふ、縛るのも上手いんだね。センセ。」

まるで滴る果実のようなくちびるで俺を挑発する。

「そら、これで仕舞いだぞ。」

ぎちっとキリコの背中で三つの結び目を繋げて引き縛った。

はああ、とキリコの甘い吐息が病室に広がっていく。

「見せてみろ。」

残虐な言葉が自分の口から出るのが信じられない。だけど。

ベッドに腰掛けていたキリコは、俺の声を聞くと震える足でよろりと立ち上がった。後ろ手に組まれた細い腕。ブラウスはぐしゃぐしゃになってロープの隙間に散らかっている。おかげで白いレースの下着があらわになって、そのレースでさえ荒いロープに蹂躙されていた。いいや、そんなものはどうでもいい。

薄桃色にそまった肌はしっとりと汗を浮かべ、キリコの荒い呼吸と共に豊かな胸を上下させていた。上と下から荒々しいロープで挟まれて、いつもの瑞々しさとは対照的に、抉られて剥き出しにされた生々しい肉感。ああ、齧り付いてみたい。ああ、ああ!

「ありがとう。これで大丈夫。戻っていいよ。」

突き放すように言われた言葉に、全身の血が凍りつく。

「変なことを頼んですまなかったね。後は時間が解決するだろうから、放っておいてくれて構わない。」

キリコはよろめく足でベッドにどさりと身を投げ出した。

俺は動けない。「そうか。」とか「後はよろしく。」とか適当に言って立ち去ればいいだけなのに、それができない。動悸が激しくなっている。ベッドに横たわるキリコを縋るような思いで見つめた。

荒らされた上半身とは対照的に、下半身は全くの手付かずだった。うすいベージュのストッキングの下に白くて頼りないレースの生地が透けている。

そのレースに釘付けになる俺に気付いたのかどうなのか、キリコはすっと片足を上げた。そしてそのつま先を、すっかり固くなって隠し切れなくなっている俺の股にするりとすべらせた。

「オ…ッ」

思わず声が出てしまう。キリコは猫のように目を細めて、尚もつま先を滑らせる。

「脚を縛らなかったから、いたずらをしてしまったよ。」

ぶつりと緊張が切れた。

噛み付くようにキリコの赤いくちびるを貪った。

歯がぶつかり合うのもお構い無しに。

3.

キリコは俺に服を脱ぐように言った。お互いに脱がしっこしてベッドに入るいつもと違って、キリコの見つめる前で一人衣服を剥がしていく様は、まるでストリップでもしているような気分になる。最後にトランクス一枚になると、キリコがふらりと立ち上がった。

鼻がぶつかるくらいの距離で、甘い声でささやく。

「BJのここ、ずっとカチカチになってたね。私を縛ってるときからずっと。」

彼女の下腹に当たる俺の陰茎はいっそう熱くなる。

「そりゃ健康だからな。」

見当違いな返答をしてもキリコは逃がしてくれない。

「途中から縛るのに夢中になってたもんね…サディスティックな反応も健康のうち?」

キリコはゆるゆると腰をくねらせて、トランクスの中の陰茎を擦る。

「ああ…新しい扉が開くかと思った。」

こんなときの応酬は降参したほうが勝ち。

ふふ、と妖しくほほえむと、キリコは床に膝立ちになった。そしてアイスブルーの隻眼で俺を見据えながら、トランクスのウエストゴムにかじと噛み付いた。キリコが体を屈めていく。引き摺り下ろされるトランクスの布地の中で、滾った陰茎が窮屈そうに歪む。キリコの整った顔立ちが俺の下着を噛んでいる。ああ、そんなものより噛んで欲しい。やがてぱちんと音を立てて、怒張した勃起が現れた。弓形になった肉をしげしげとキリコは眺める。

「もう見慣れてんだろ。」

早く。

「こんな真昼間は初めて。」

早く。

「いいから。」

ふう、と熱い息を吹きかけられて腰が揺れた。先走りがひとしずく漏れ出る。それを見て、くすくすとキリコが笑う。

「どうしてほしい?」

こいつ、本当に媚薬食らってるのか?なんでこんなに余裕なんだ?

「お前はどうしたいんだよ。」

質問に質問で返す頭の悪い返し。こんなこと言ったってキリコは答えない。滅多にブロウジョブしてくれないもんなあ。

「食べたい。」

「えっ。」

予想外の言葉に耳を疑う。

キリコはうっとりと俺の屹立に頬ずりした。鼻先を雫がこぼれる亀頭の下に当てて、まるで深呼吸をするかのように匂いを嗅ぐ。

「いい匂い。おいしそう。」

声がうわずっている。はあ、と熱い吐息が勃起を湿らせる。こんな、こんなことって。

「食べちゃおう。」

瞬間、ぱくりと俺はキリコの小さな口の中に食べられた。

4.

「おおー…ッ」

射精にたどり着きそうな一歩手前で、キリコは口を離してしまう。ふうふうと荒い息の中で俺を見上げて。

「ここは患者用の部屋なんだよね。」

「…そうだけど?」

なんで今更?と頭に大きなクエスチョンマークが浮かぶ俺を無視して、キリコはまくし立てる。

「患者用の部屋ってことは、あんまり汚しちゃだめだよね。リネンは洗濯すればいいけど、それ以外のところは汚さないようにしないと。」

一瞬ぎらりと肉食獣めいた視線を流して、キリコは顔にかかった髪を振り払った。そして俺の視線を完全にロックしたままこう言った。

「今日は外に出しちゃだめ。全部私の中に出してね。だって部屋を汚しちゃいけないんだもの。」

あああ。こいつ……なんつう精神力の持ち主なんだろう。媚薬で理性がギリギリになってても単純に痴態を晒すのはプライドが許さないんだ。だから理由が欲しいわけか。

「分かった。全部な。次に使う予定あるし、汚したら困るんだ。」

そんな予定なんかないけど、お前さんが必要な理由ならいくらでも用意してやる。

キリコはやわらかくほほえむと、また俺を咥えた。そしてそのほほえみが嘘のようなバキュームをかけ出した。抗うすべもなく、彼女の熱い口の中にスペルマをぶちまけた。最後の一滴まで吸い尽くされるように、尿道に残った精まで吸い出された。気持ちよすぎて腰が砕けそう。実際に砕けてベッドに座り込む。こくり、と喉をならすとキリコは赤い舌を見せた。飲んじゃったよってか。ようしそれじゃあ、なんてのそりと動こうとした俺の股の間に膝立ちのキリコがするりと挟まった。目を白黒させることしかできない俺を完全に無視して、半立ちの状態の陰茎を再びキリコは頬張った。

射精をしたばかりの敏感な肉に、じゅるじゅるといやらしい音を立てて、無遠慮に齧り付く。

「お、おおっ」

たまらん。うめき声を上げて、腰を震わせてしまう。キリコはもう媚薬の熱をためらうことなく放っている。縛られて自由の利かない体で俺の男根を貪る様子は、さながら仕留めたばかりの獲物に食らいつく肉食獣そのままだった。いつもはクールでつかみどころのない彼女が、薬のせいとは言え、あられもない欲望を曝け出すさまはひどく俺を興奮させてしまう。あっという間に再び吐精感に襲われる。俺は彼女に身を任せ、そのまま吸いに吸い尽くされる魅惑の時間を味わった。多分人生で二度とこないと思う。多分。

5.

「縛った意味ないな。」

そう言いながら意地汚い俺の指は、ロープに締め上げられたキリコの胸に向かう。

激しいブロウジョブの後で息が整わない彼女は、俺の放った精の後味を惜しむかのように、くちびるを舐める。赤い唇は唾液と精液でてらりと光り、キリコの瞳はいっそうとろけて潤む。

「まだ足りないんだろ。」

縄に乱されたブラウスの上からキリコの胸を弄り、努めて声がうわずらないように言った。それが想像以上に冷酷な響きになっているのに自分でも驚いた。そしてその声を楽しむ自分も。

キリコは少し戸惑う様子をみせて、内腿をもじつかせた。

「立てよ。」

強い口調で命令する。

「さっさと立てっつってんだよ。」

キリコは弾かれたように顔を上げて俺を睨みつける。

「お前…!」

ぎりぎりと歯を剥いて、怒りをあらわにした。

これまで俺たちはベッドの中ではお互いのことを、それなりに自尊心を傷つけないように関わってきた。時には一方的に思いを果たすこともあったけど、それもお互いに楽しめる範囲でセックスをして、あたたかい気持ちを共有した。俺はその関係が、とても心地よかった。

でも今日は違う。全然違う。俺の中の仄暗い感情が表に出るのが止められない。支配したい。屈服させたい。嗜虐したい。普段なら恐ろしくて持てない思考が頭の中を占める。なぜなら目の前にいるのは俺と対峙してひとつも揺るがないただ一人の女。気高く、真っ直ぐに、鋼の意思を持つ女。その女が媚薬に狂わされ、彼女の意思にしろ俺にロープで縛られている。この状況に俺は陶酔していく。

「立て。」

もう一度言う。今度は冷たく。

キリコは眼差しを熱く滾らせて俺を睨みつける。その視線でさえも俺を昂ぶらせることに気付いているだろうか。全裸の俺はシーツを手繰って股座を隠す。その様子に些か溜飲が下がったのか、キリコは俺を睨みつけたままふらつく脚を踏みしばって立ち上がる。ベッドに腰掛けた俺を上から見下ろす視線に、いくつもの感情が交差する。俺への怒り、激しい自責の念、切迫…そして期待。ああ、応えてやるとも。

震えるキリコの足の甲に俺の足の裏をあてて、そのままずいと横へ押しやれば、大きくよろけながらもキリコの脚は開いた。その間に俺の膝を割り込ませる。キリコは脚を閉じることが叶わないまま、よろめく脚を立たせるのに精一杯だ。そんな彼女に追い討ちをかけるように、するするとしたストッキングの太ももに俺の縫合痕だらけの骨ばった手を這わせる。ひくりと震えるキリコ。今からそんな反応をして平気か?意地悪くストッキングに透ける白いレースに指を当てた。彼女がしきりに脚をもじつかせていたあたり。見ればストッキングの色が変わってしまっている。俺が露を零したように、彼女もまた同じだった。

「おい、もうこんなにしているのか。ストッキングまで濡れているじゃないか。」

わざと呆れたように言うと、キリコは「薬のせいだ。」と吐き捨てた。

「薬だけじゃねえだろ。お前さん、縛られるの、なかなかに楽しんでたじゃねえか。もうその時からこんなにしてたんだろ。」

雫が滲みたストッキングを摘まんで、ぱちんと腿に弾かせた。キリコは目を背ける。

「それとも俺のを咥えてこうなったか。」

あえて声を荒げた。キリコの口が何か言おうとするのを遮る様に、染み出る雫の源を指でぎゅっと押しつぶした。とたんにキリコの腰が弾けて、かくかくと痙攣する。ぐらりと上半身を俺の方へ傾けたキリコの表情を見れば、エクスタシーに負けまいとくちびるを噛み締めていた。そのプライドの高さが嫌でも胸に刺さる。これをとろかしてどろどろにしたい。

「イクの早えよ。」

背中の縄を引けば、彼女の背は弓のように反り、すとんと俺の右ひざの上に尻をついた。片手で縄を手繰ったまま、もう片方の手でキリコの胸をぎりと引っ掴んだ。キリコのうめき声を無視して、縄に蹂躙された彼女の歪んだ胸をあらわにしていく。薄いブラウスを引き裂く勢いで肌蹴け、汗ばんだ肌に張り付く白いレースを暴いた。目の前にロープに抉り出された乳房と、その先で確かに主張しぷっくりとふくらんだ桜色の突起がこぼれ出た。ああ、これだ。これに齧りつきたかった。なんの遠慮もなしに、突き出された果実を頬張った。やわい肉の感触の内側にある乳腺のしこりまで握り締め、口の中でどんどん固く尖っていく乳首を歯で虐める。もう一方も同じように暴いて、桜色を捏ねるように弄んだ。

「声、出せよ。もっとよくなるぜ。」

意地悪く促す俺の声にかぶりを振って、くうくうと喉を鳴らすキリコはきっと目を閉じて快楽に流されまいと必死に耐えていることだろう。彼女の胸に溺れながらその様子を想像するだけで、とっくに滾った股間が更に張り詰める。それよりも視線の隅に密やかに行われる彼女の痴態が、熱と粘膜を通して俺の皮膚に直に伝わる。

完全に無意識だ。キリコは俺の膝の上で腰をくねらせ、すっかり熱くなったぬかるみをこすりつけている。マスターベーションを俺の膝でするなんてな。この事実を突きつけてやろうか、まだこのまま好きにやらせておくか迷ったが、キリコの乳房をもう少し楽しみたかったので放っておくことにした。

乳房をロープと俺の手と舌に散々嬲られたキリコは、やがて俺の膝の上でふるふると震えて果てた。背中を掴んだロープを開放してやれば、糸が切れた人形のように俺の肩にもたれて、ひたすら荒い息を吐いている。いつもならここで「かわいかった」と正直に言うところなんだが。

「おい。これはどういうことなんだ。」

右ひざを上げる。キリコの尻の下で、ぬちゃりと粘着質な音がする。キリコは答えない。代わりに「わかっているくせに」とでも言いたげな、半ば呆れたような苛立ったような視線を寄越した。その視線にぞくりとする。ああ、まだこの女は俺に屈しない。

5.

少しの沈黙の後、キリコが口を開いた。

「それが食べたい。」

静かに、確かに熱い意思を持った短い言葉。何を意味するかなんてわかりきっている。

「まだダメだ。」

嘘だ。もう俺はキリコの中に入りたくて仕方がない。シーツの下の男根は滾るばかりだ。

「欲しがるなら、ねだってみろ。上手くできたら食わせてやる。」

とびきり邪悪な笑みで告げる。キリコが熱に浮かされて、おねだりをするのなら何だって聞いてやるのに。きっとこの女はそれをするくらいなら水銀だって飲むだろう。案の定、かっと顔色を変えると、器用に俺の腰に巻かれたシーツを蹴落とした。跳ね上がる勃起を見て、喜色を隠さない。

「ねだるのは、どっちのほうだ。随分と辛そうだ。」

そう言うと全体重を俺にかけるようにして、ベッドの上に押し倒した。ここで慌てふためくのも面白くないので、黙ってベッドに寝そべった。少しこのまま攻めさせてみよう。この女がどんな風に乱れるのか見てみるのも悪くない。

キリコはしとどに濡れたストッキングのクロッチ部分で陰茎を下腹に押し付け、俺に跨った。

「お前は跨られるのも好きだからね。私が踊るのをよく見ておくといいよ。」

媚薬のせいかくちびるがわなないている。ひどく扇情的な視線を向けると、キリコはゆるゆると柳腰を振り出した。ストッキングの下の下着まですっかりぐしょ濡れになって、潤滑油の役目をする。

「ハア………」

熱い吐息を漏らして、キリコは腰を揺らす。固くなった陰茎の裏筋を下着の感触がすべり、行ったり来たりするたびに快感がめぐる。

「オ、オ…ア…」

俺は声を殺さない。これが俺自身のためなのはもちろんだが、キリコも悦ぶのを知っているからだ。

「あ、は…堪え性がないのはこっちも同じか。」

なまめく笑みを浮かべて、亀頭を入るべきところに宛がい、くねくねと腰を動かす。ああ、入りたい。そこに早く入りたい。薄い布一枚の向こうにある熱い肉の襞を感じて、思わず腰が引きつり、キリコを突き上げる。

「あン、まだ私はねだってないぞ…はあ………」

キリコはいっそう腰をくねらせる。

縄化粧とはよく言ったものだと、今のキリコを見て思う。力任せに縛られたロープからこぼれる女体のむせ返るようなまでの色香。食い込み、抉られた肉の生々しさと哀れさ。嗜虐心と庇護欲を一度に抱かせる、妖しい装い。

「もう見せてやらない。」

彼女の踊りに夢中になっている俺の視線を外すように、俺の上でキリコが向きを変える。

背中に結ばれたロープが痛々しい。そこに彼女の銀髪が舞う。見慣れたもののはずなのに、ロープの非日常さと相まって、その背中が誰のものなのかわからなくなる。

白いロープに戒められたのは誰。

急に不安になって、俺は弾かれたように上半身を起こし、彼女を抱きしめた。

「どうした。降参か。」

もういい。

こんなこと、しなくていい。

縄目を外そうとした俺の動きに気付いて、キリコは身を捩って逃げる。

「ダメだ。まだ、何も。何も足りて無いから、ダメだ。」

ぶんぶんと頭を振ってキリコは嫌がる。ふわふわと舞う銀髪の下に、固いロープで縛られた体が痛々しく映る。

さっきまで楽しむように味わっていたサディスティックな気分が一気に冷めていくのを感じた。でも…きっとまだキリコのために、そう演じていたほうがいいんだろうな。

「もういいから、とっとと食わせろ。食いたいのはお前だけじゃねえんだ。」

とん、と肩を押せば、キリコは前のめりになってベッドのシーツに倒れる。膝立ちになった腰を高く上げさせれば、べっとりと濡れた股があらわになった。キリコの息が鼻から漏れる音がする。

もっと早くこうしてやればよかった。

「邪魔だな。これ。」

びっと力を入れて引けば容易く薄いストッキングは縦に裂ける。これから訪れるだろう感触に、キリコの肌は震える。

「これも、邪魔だ。」

白い下着のクロッチを力任せに引っぱった。流石に千切れはしなかったが、キリコの薄い下腹の肉に食い込んだ感触はあった。繊細なレースは俺の縫合痕のついた指に捕まれて、その形を大きく引きつらせる。そしてそのレースの隙間から、薬でどろどろに溶かされてしまった彼女の秘部が覗く。

「もう慣らす必要もないな。」

キリコが息を飲む暇も与えず、熱くとろけた肉の間にグッサリと勃起を突っ込んだ。

6.

聞いた事のない悲鳴がキリコの口から出る。

体中をピーンと突っ張らせて、与えられた感覚をひたすら貪っている。

薬のせいでどんなに感覚を狂わされているのだろうか。こんな悲鳴、普段のキリコなら絶対に出さない。でも今はいい。いいんだよ。全部出し切ってしまえ。

ピストンを始めた俺の腰の動きに合わせて、キリコは悲鳴を上げる。何か言いたい風だったけど、全く言葉にならない。聞いてやりたかったけど、きっとキリコは今はこうして欲しいはずだ。

「何言ってるかわかんねえんだよ。黙って犯されとけよ。」

お前が感じているだろう痴態は薬と俺のせい。

「オラ、もっと腰上げろって。逃げんじゃねえ。」

時折彼女の小ぶりな尻をわざと大きな音が出るように叩く。

「いい声だすじゃねえか。犯してるって気分で最高だぜ。」

嫌がるお前を手酷く抱く俺は、なかなかの悪役だろう。

「もっとイケよ!こっちはまだまだ足りねえんだからな。」

彼女の体質で漏れ出る体液に、シーツがぐっしょりと濡れるまで、俺は後ろからキリコを犯し続けた。

キリコは汗でまみれた背を大きく仰け反らせてわななくと、やがてぐったりと全身の力が抜けてシーツに突っ伏した。気絶したのかと、彼女の体を抱えて仰向けにする。

ぐしゃぐしゃになった銀髪。そっとなでつけると、キリコはうっすらと目を開けた。悲鳴を上げすぎて、がらがらになってしまった声が紡ぐ。

「ごめん。」

何を謝ることがあるんだ。

「ごめんね。」

震えて掠れる声で何度も「ごめん」と繰り返す。そんな彼女が痛々しくて、力任せに抱き潰すことしかできなかった。

「薬を盛られたってわかって、」

俺に抱きしめられながら、キリコは途切れ途切れに言葉にする。

「追っ手から逃げてる間、お前の顔しか浮かばなかった。」

だんだんと涙声になっている。

「でも、でも、素直に『抱いて』って言えなくて。事情を聞けば、お前はうまく対処してくれるのは分かっていたけど、どうしても言えなくて。」

キリコの頭を撫でながら、彼女の告解を聞く。

「ひどいことをさせてしまった。あんなセックスしたくなかったよな。ごめんな。」

これだから、こいつは…と俺は苦笑しながらキリコの体を剥がして、正面を向かせる。

「謝るなよ。これでもわりと楽しんでたぜ。サドのふりをするのも意外と面白かった。」

ぐちゃっとキリコの顔に絡みつく銀髪の束を毛づくろいしながら、正直な感想を述べる。

「でも背中の結び目見て我に返ってしまったのは事実だ。自分で結んでおきながら、お前さんに本当に酷いことをしている気分になったんだ。俺はしょっちゅう縛られるくせに、縛ることはあんまりないから、深層心理に何かしらのスイッチがあったのかもしれんな。」

これまでの厄介ごとの数々を思い出せば、縛られることの方が圧倒的に多い。他の酷いことは、やったりやりかえしたりしてるけど。

「縛られること、そんなにあるんだ…」

くすりとキリコが笑った。そう。その微笑がなによりの傷薬。

縄を解いたら、思いっきり甘やかそう。心に決めて彼女の体を見る。乱れた銀髪は俺に嵐のように犯されたことを如実に物語っていて、せめて少しは整えばいいとやさしく撫でた。

ひとつしかない涙で潤む瞳は庇護欲を掻き立てられた。後悔と自責と羞恥に強張った、この表情をあたためたい。頬にそっとくちづけをした。

縄が食い込む胸についていた下着は大きくずり下がって、シーツとの摩擦で真っ赤になった乳首を隠す役目すら果たしていなかった。早く外して楽にしてやろう。

キリコのすらりとした脚に纏うストッキングは俺が破いた後、いくつも電線を作って彼女の素肌を晒して惨めに見える。そしてその根元にある小さな白い下着はグズグズになって、いかにも犯された体を示していた。こんなものも取り去って、何の瑕疵もない姿にしてしまいたかった。

「今、解いてやるからな。」

縄目に手をかけたとき、玄関のほうから大きな声がした。

7.

「お留守ですか?ブラック・ジャック先生?!急患です!」

大きな声が部屋に響く。

急患だって?

今はそれどころじゃないんだ。

「ブラック・ジャック先生!!」

悲痛な叫びを無視できなかった。

「クソッ!」

キリコをこのままにして行くなんて、とてもできない。できやしない!

僅かの間に煩悶してうろたえる俺の肩に、キリコの額が当たった。

「行ってきて。」

「馬鹿な!」

彼女の体を抱える俺を、やさしくキリコは叱る。

「急患だって。早く行ってあげて。ブラック・ジャック様のお宅は居留守でした、なんて笑われちゃうよ。」

その声色にぐっと胸の奥がこみ上げる。でも固く戒められた体のままのキリコを放っておけるはずがない。せめて縄を外そうとする俺の手を、身を捩ってキリコは避けた。

「早く行って。」

「ブラック・ジャックせんせーい!!」

二つの声が重なる。

「今、行く!!」

玄関に向かって怒鳴ると、大急ぎで床に散らかった衣服を着けていく。最後に床に落ちていたタイを拾おうとして、キリコの姿に目が行った。

「行ってきて。」そう言う言葉とは裏腹に、熱く、激しく乱れた姿は再び俺を欲情させるに充分だった。

「行きたくない!」

甘く滴る果実を目の前にして、黙って見過ごすことができようか。キリコの肩を掻き抱いて、股の昂ぶりを擦りつけた。そんな駄々を捏ねる俺を諌めるように彼女はかぶりを振る。

「待ってるから、行って来て。こんなに縛られてるんだもの。逃げられないよ…」

あちらもこれ以上待たせられない。「クソッ」誰にともつかない悪態を吐いて、タイを結んだ。未だ縛られたままのキリコの体を、そっとベッドに横たわらせた。彼女の体を清潔なシーツで覆えば、幾分か気持ちの切り替えができた。

「急いで済ませるから、待っててくれ。すぐに、終わらせるから。」

切羽詰って言い募る俺に「うん。」と微笑んでくれた。

「患者はどこだ!」

そう叫んだ俺の言葉が、心の声の「ぶっ殺す!」にならなくてよかった。

8.

急患だと担ぎ込まれたのは、若い男だった。実にシンプルな虫垂炎だったが、患者の体は関取ほどの大きさがあり、分厚い皮下脂肪でメスが次々となまくらになってしまった。処置をしてからの縫合も同じことだった。何本へガールを使ったか分からない。

本来なら入院の措置を取るべきだが、急患と焦らされた割には難しくない症状だった事、憑二斉の業物のメスを何本もなまくらにされた恨み、関取並みの皮下脂肪を縫合した疲弊、もろもろ合わせて釣りが来る。それらを差し置いて一番でかいのは、薄暗い病室に一人残された彼女のことだ。

「手術は済んだぞ!とっとと帰れ!!」

命を救ったはずなのに、それを今にも奪いかねない俺の剣幕に、関取を担ぎこんだ仲間の男が縮み上がっている。男に担架の片方を持たせ、やっとこさ関取を軒下まで運ぶことができた。「治療費は…」なんて生意気なことを抜かすので、思いっきり罵った。

「俺のところに来るんなら、1億は準備してから来い。できんのなら今すぐに消えろ!それが治療費だ!!」

バン!とドアが壊れそうな勢いで閉めると、ガチャリと鍵をかけた。

時計を見ると約2時間が過ぎていた。

どんなに心細い気持ちだろうか。

関取への怒りをあらわに術衣を剥いで、消毒へ向かった。きれいな体でないと彼女に触れられない。

ドアを開けると、夕暮れの闇が溜まった中に、しっとりとした甘い匂いがたちこめているようだった。

ぱちりと電灯のスイッチを入れる。蛍光灯の白い光の下に、シーツの中にうずくまる姿が浮かんだ。キリコは眠ってしまっている。そう言えば睡眠薬を飲んだとか言ってたっけ。本当かどうかはわからないけど、相当疲れているのには変わりはないのだから、起こすのは憚られた。ただ長時間同じ形に拘束されている腕が心配で、彼女を起こさないように縄を外そうと決めた。

シーツをそっとめくると、キリコを横たえた時と同じように、縄の結び目は俺の方へ向いていた。解こうとした俺に気が付いたのかキリコは身じろぎした。

「起きたか?」

声をかけると、ううんと眠そうな声を出して「おかえり」だって。

「待っててくれたんだな。」

やっと来られた。お前さんのそばに。

「ちゃんと、待ってたよ。」

今の姿勢だと顔が見えない。壊れ物を扱うようにキリコの体を起こした。さっきの関取とは比べ物にならないくらい軽くて、大切に触らないと崩れてしまうのではないかと錯覚すら覚えた。

ふわりと俺の胸に収まったキリコは、時間がたって白いロープがきつく肌に食い込み、乱れた体が尚更際立って見えた。

「今、縄を外してやるからな。」

眠気のせいか、ふらつくキリコの額を俺の胸板にあてて、背中越しに縄を解く。

一番上の胸の縄を解く。「はあ。」とキリコは大きく息を吐いた。

二番めの胸の下の縄を解く。歪になっていた胸がぷるりと瑞々しい形を取り戻す。キリコは深呼吸をして「消毒液のにおいがする。」と言った。

最後に手首を拘束するロープの結び目に指を掛けた。一番初めにたどたどしく結んだせいか、ややこしいことになっている。躍起になって俺の体が熱くなるほどに、キリコの肌がとても冷たいことに気が付いた。もうとっくに日は暮れている。秋の夜の冷え込みに、キリコの体は全くといえるほど守る術を持たなかったのだ。何もかもよくない方向へ進む歯車のような感覚に苛立つ。

やっと腕のロープを外したとき、キリコの白い肌に縄の後が赤く残っているのを見つけてしまい、どうしようもない気持ちになった。後悔とも自責ともつかない感情の中の俺を見つけたのは、やっぱりキリコで。

「ありがとう。解いてくれて。」

そう言うと、まだ強張ってうまく動かない腕で、俺の腿をそっとなでた。その腕の冷たさに、もっと遣る瀬無い心になってしまった。こうなったのはキリコが望んで、それに俺が乗っかって、運悪く急患が来た結果だってのは分かっているんだけど、仕方ないと受け入れるまでには程遠く、キリコの姿は痛々しかった。

どばっと熱い湯をバスタブに張っていく。

冷えた体をあたためるには風呂が一番手っ取り早い。

湯が溜まるまでの間、キリコの服を脱がせようとしたら「自分で脱げるから。」と遮られたが、できるわけないだろう。さっきまでその手が拘束されていたのを忘れたか。指先がまだ震えて止まらないのを気付かれていないと思ったのならお生憎様だ。

「いいから。全部してやるから座っとけ。」

紙くずのようにぐしゃぐしゃになったブラウスを脱がせ、白い下着のホックを外す。キリコさん、もう一枚下着つけような。思わず保健の先生みたいなことを言うと「んー」と眠そうな声で返された。やがてまろい胸が何の締め付けもなくこぼれ出す。こちらにも縄目が肌に残ってしまっている。白い肌にできた凸凹を確認するように手を当てた。摩擦で赤くなってしまっているが、ひどい内出血はしていないようで、心底ほっとした。

ストッキングはゴミ箱行きだ。するすると脚から外して放り投げる。こちらは簡単に捨てるというわけには行かない。おそらく質のいい素材でできているだろうが、今はその見る影もなくなってしまった白いショーツをキリコの脚の間から抜き取った。

何の戒めもない、まぶしい裸体の彼女を、どのくらい見つめてしまっていたのだろう。

キリコのくしゃみで我に返った。

②へ続く

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