葡萄畑で捕まえて(追加SS)

キリジャバナー2

追加SS【無駄に良い見た目をしている男の処遇】

古城の一室。限定されたメンバーが集う。リーゼロッテ、ロゼフィニア、城の執事さん、そして俺。どうして俺まで呼ばれているのか甚だ疑問だが、子猫姉妹が爪をたてるので黙っている。秘密裏に、かつ迅速に、処遇を決めなくてはならない事項があるのだ。

対象は、俺たちに囲まれて、部屋の真ん中で小さくなっている男。カルロである。

本当はカルロではないのだが、BJに整形手術をされる前の名前を彼は持っておらず、役所で調べても何の記録もなかった。出生届すらない、戸籍から漏れた人物なのだ。彼の身柄をこれからどう扱うかが、この城の課題のひとつになっている。

「城で預かるのは構わないのよ。もともとのおじ様より、ずっとやさしい人だし。」

私に抱きついたのは絶対に許せないけど、と唇を噛むリーゼロッテ。そっちなのか。

「しかし、この方は今回の犯罪に加担した人物でもあります。近日中に法的な罪を償うことになるとは言え、ただ保護するのとは、訳が違います。真実を知らない者たちが憶測でものを言い出すと、要らぬ火種となる可能性は捨てきれません。」

辣腕の執事が穏やかな口調で、リスクを指摘する。至極常識的だ。

「そうね。悪口を言われるのは、嫌よね。」

ほわんとした感想をメガネの向こうから発するのはロゼフィニア。ツッコミ不要。ガンバレ、執事さん。

「あんたはどう思う?黙ってんじゃないわよ。」

俺に振るな。この男がどうなろうが、城がどうなろうが、知ったことじゃない。

「関係ないみたいな顔してるけど、この騒動のせいで工場の株が落ちてるのよ。このまま損失が続けば、あんたの報酬10億、不渡りになるんだからね。」

「積極的に課題解決に取り組もう。」

最低…と、冷ややかな小娘どもの目が向く。歯牙にもかけない。やんわりと執事が仕切り直す。

「問題は、この方がカルロ様と同じお顔をされていることですね。ブラック・ジャック先生に、また整形手術をしてもらえば、全く新しい人生を歩むことができるのでは。」

「あまりお勧めしない。奴は高額な手術費を請求する。まだ金で済めばいいが、ややこしい搦手に出てくると大変だぞ。完全に元に戻っちまったからな。城にとっても、これ以上の負債は望むところではないだろう。それに手術費の返済能力が彼にあるとは、現段階では認められないな。」

カルロ本人になりきる演技をやめた男は、とても朴訥で、傷つきやすい青年だった。おつむが、なんてあだ名を付けたのが申し訳ないくらいに。

彼の半生について聞く限りでは、世間の常識を知らなさすぎる。このまま放り出しても、きっと上手く世渡りはできない。無駄に良い見た目をしているのだ。誘惑に負けて、転落していく可能性すらある。

「かと言って、カルロおじ様のまま生きていくのも大変よ。あの人、本当に借金まみれなんだから。実際はおじ様の名義で借りて、エマが浪費してたみたいだけど。」

SMが好きな夫婦だったから、プレイの一環なのかしらね、なんてサラッと言うな。執事は顔色一つ変えない。

「お金がないなら、働けばいいと思うの。」

当り前じゃないかとロゼフィニアは、きょとんとしている。

「お前、できそうな仕事はあるか。」

小さくなっているのを、更に縮こまっている男に訊いてみる。

「山仕事は、できます。木を切ったり、草を刈ったり。獣も小さいのなら、捕れます。」

また山に返すのもなあ。リーゼロッテ、執事、俺が唸っていると、ロゼフィニアの明るい歓声が上がった。

「すごい!木が切れるのね!痛んだ葡萄の木を切るのって、とても大変なの。」

ぱちぱちと手を叩いて喜ぶロゼフィニアの横で、俺たちは視線を合わせる。やがてリーゼロッテが、いかにも重大な決定を下すかのように、男に向かって話し出した。

「あなた、これからもカルロとして生きていく覚悟はある?」

「演技をしなくていいのなら…」

「必要ないわ。あなたらしく生きればいいのよ。自分が何者なのか、あなた分かってないんでしょう。だったら見つけなさい。自分の思うとおりに人と関わって、感じたことが何なのか考えて、自分を見つけるの。すぐには見つからないわ。もちろん答えが変わることだってある。それでいいの。あなたはこれから〈カルロ〉と言う名の〈自分〉になるのよ。」

「自分…自分…」独り言を呟き、男はおろおろと視線を床にさまよわせている。

「リーゼの言うことは難しいのよ。」

とことこと男へ歩み寄ったロゼフィニアは、ぺたんと床に座って、困惑する男に視線を合わせる。

「これから、あなたの名前は〈カルロ〉。いい名前だと私は思うわ。でも、本物のカルロには借りたままのお金があったんですって。あなたも本物のカルロのお金を勝手に使ったでしょう。返さなきゃダメよ。だから働きましょう。木が切れるのなら、きっと葡萄畑で仕事ができるわ。仕事のことは、私が全部教えてあげる。小さーいころから畑にいたんだから。」

えへんと胸を張り、ロゼフィニアは朝露に濡れた葡萄の実が美しいこと、葡萄の葉が青々と茂る畑を渡る風が気持ちいいこと、畑仕事の後に食べる食事がおいしいことを、宝物を明かすように男へ伝える。

「お給料をもらうことだってできるわ。私、そのお金で、お祭りの飴を買うのが楽しみだったの。ねえ、リーゼ。働いたお金は全部借金に当てなくちゃいけないの?」

リーゼロッテと執事は目くばせする。

「まさか。一度にお金を返すんじゃなくて、毎月少しずつ返せばいいのよ。ひと月分の借金を払った後に残ったお金は、あなたが好きなように使うといいわ。」

借金という働く理由か。確かに今のこの男には有効だ。そもそも本当のカルロが負っていた借金は、今のカルロには関係がない。だがそれを負う覚悟はあるかと問うことで、この容貌で生きていくと決めた男の意志の強さを量っているようでもある。

男には伝えないだろうが、どうもリーゼロッテ達は借金の何割かを城側が持つ算段でいるようだ。お人好しが過ぎないかと思わんでもない。

この男が関わった犯罪は間接的なものが多いが、本物のカルロを見捨てた罪、その遺体を遺棄した罪、金を横領した罪は確実に自分で償わなければならないものだ。いくら世間知らずでも、裁判で罪状が確定した時には、自分のしたことが本当に分かるだろう。

罪の意識を本格的に持つようになってからが、この男には試練だぞ。リーゼロッテにそう囁くと、こくりと頷いた。城で起こったことだ。城の人間で解決すればいい。

リーゼロッテと視線を交わし、ロゼフィニアは男に向き直る。戸惑うばかりで落ち着きなく動く指を、畑仕事で鍛えられた手が包み込む。はっと金髪の男は顔を上げた。

「働いているうちに、あなたが本当にしたいことが、見つかると良いな。」

眼鏡の中のくすんだ緑の瞳が微笑んだ時、男は力が抜けたような笑みを見せた。

その後、町にあるうわさが流れた。葡萄畑に「カルロ」と名乗る青年が働きだした。借金まみれのろくでなしと瓜二つだが、中身はまるで違う。人付き合いは苦手なようだけど、真面目に一生懸命に働いている。素直で心根のやさしい青年だ。葡萄畑の中に建つ、粗末な石造りの小屋に住んでいるらしい。

ところが不思議なことがある。どうも週末になると、城に向かっていくようだ。

足取り軽く、嬉しさを隠せない様子で。

追加SS【ブラック諜報企業のお喋りな社畜】

あ、どうも。これから撤収です。あなたも大変でしたね。10億もらえるなら、頑張っちゃいますよねえ。僕ですか?嫌だなあ。僕は歩合制のサラリーマンですよ。今回の仕事も相場通りの給料です。でもねえ、正直全然納得してないんですよ。

僕が当初イサベラさんから受けた依頼は、カルロ夫妻を監視することだけでした。死期を悟ったイサベラさんは、やっぱりカルロの素行の悪さが心配だったみたいです。ところが僕の雇用主がリーゼロッテになった途端に、状況が悪化しました。労働環境が劣悪になったんですね。彼女、性格がアレでしょう?カルロ達が黒だって報告したら、無茶を平気で言ってくるんですよ。しかもやりとりは全部音声。僕は彼女に受け付けられないタイプの男だったみたいです。それでも初めはハイハイって聞いてたんですけど、監視対象が10人になったところでコレはダメだと。彼女に交渉しても埒が明かない。言っときますけど、あなたも入ってましたからね。あ、そうですか。まあ、僕もあなたは放っておいて問題ないと判断したんで、緩いマークしかしてませんでしたが。

そういえば、庭の事故、僕のチェックが甘かったせいで…え、そんなこと言っていいんですか。本気にしますよ。それにしてもあなた、いつも僕を見つけてしまうんだもの。その件で本部に連絡が行きまして、ペナルティが出ました。いいですよ。大したものじゃないですし、痛くも痒くもないです。でもねえ、僕が腹を立ててるのは、そこじゃないんですよ。

本部にね、何度も要請したんですよ。引き受けた案件が手に負えない状況になって来たから、人員の補充をしてほしいって。そんな一小隊も人数よこせって言ってるわけじゃない。一人でいいから、できたら二人来てくれたら嬉しいなーって。ガン無視ですよ。返信すら来ない。僕はそんなに信用されていないのかとか、こんな仕事くらい一人で片付けられないのか情けねーなって評価されてるのかなとか、実は職場でハブられてるのかなとか、悩みました。そこにペナルティの連絡ですよ!見てたんじゃねーかと!知ってんなら社員の労働環境改善しろや!…あ、すみません。連絡きました。…ボーナス出るみたいです。え?ちょ、マ?ボーナス初めて!労働最高!

追加SS【出会い】

イサベラが俺を呼んでいると、夜に連絡があった。少しの間なら会話ができるらしい。

彼女の部屋には、まだ少し医療機器が並んでいたが、以前の比ではない。木彫が見事なベッドの枕元に椅子を引き、彼女に声をかけた。少しの間をおいて、ゆっくりとくすんだ緑の瞳が向けられる。

「イサベラさん、具合はどうですか。」

彼女は頷く。顔つきは穏やかで、苦痛をこらえているようには見えない。俺は彼女に、もう一度謝りたかった。契約を果たせなかったことを。だが俺の口より先に、彼女の乾いた唇が動いた。

「…大変なことになって、ごめんなさいね。」

まさかイサベラの方から謝られるとは予想だにしなかった。

驚く俺に、イサベラは状況を説明をしてくれた。彼女は倒れてから、体を動かすことはかなわなかったが、聴力だけははっきりしていた。部屋を出入りする人の会話、何よりロゼフィニアが身の回りの世話をしながら、毎日城であったことを話すので、これまで何があったか大まかに把握していたのだ。おそらくロゼフィニアはイサベラの意識があるとは知らず、母親を看病していた時と同じように接していただけだろうが、イサベラは深く感謝していた。

「大変でなかったとは言えませんが、その分、謝礼はいただいております。お気遣いなく。」

ちょっとぼかして報酬の件に触れておいた。

「それよりも、私の方こそ謝罪を。あなたとの契約を正確に履行できませんでした。状況はご存じでしょうが、個人的な事態を契約より優先させてしまった。手術台に上がったあなたが、私の手を必要とする瞬間まで、契約の履行を保留したのです。あなたの信頼を裏切ってしまったことを、心からお詫びいたします。」

情けなかった。体が回復しきらない老人を前に、散々言い訳をして、頭を下げることしかできない。こんなのは、ただの自己満足だ。わかっている。わかっているけれど。

機械の音だけが、規則正しく流れていく。

やがて時計が時刻を知らせるベルを鳴らす。ベルが沈黙の空気に溶けていく頃、かすかにイサベラは目を細めた。

「キリコ、あの子たちが毎日来てくれるの…二人そろって、にこにこ笑って…」

リーゼロッテとロゼフィニア。一日に何度もイサベラのところへ行こうとするので、体に障るとBJに叱られるほどだ。ロゼフィニアはともかく、リーゼロッテがそうするのは意外だった。昔から両親より祖母の方が大切らしい。

「あなたのことを、とても慕っているようですね。」

「…私は、あの子たちに何もしていないわ。リーゼの悩みを理解しようとも思わなかった…ローゼのために息子を諫めることさえできなかった…だめなおばあちゃんなのよ。」

イサベラの眦に雫がたまる。

「でも、あの子たち、私にそばにいてほしいって、言うの…いてくれなきゃ困るって…」

くしゃりと泣き笑いのように、イサベラはサイドボードに飾られた花を見る。彼女たちが持ってきたのだろう。

「ねえ、キリコ…勝手に自分だけ奇麗に死のうと思った人間が、未来のある子どもたちのそばにいてもいいのかしら…」

「安楽死は〈勝手に自分だけ奇麗に〉死ぬためのものではありませんよ。ご理解いただいていたはずでは?」

「…そう、だったわね…またあの重たい説明書を読むのは嫌だわ…」

それなら、と言う代わりに、軽く肩をすくめた。イサベラは美しく年老いた面立ちに、やわらかな微笑を浮かべる。

「ねえ、キリコ。あなたが来てくれたから、全てが動き出したのね。この城に関わった、たくさんの因果が…いいえ、これは出会いね。あなたは私との契約を果たせなかったと言うけれど、その原因の中にも〈出会い〉があったのではないかしら。もしそうならば、私は感謝をしたいわ。もう少しがんばってみようって、こんな年寄りにも思わせてくれたんですもの。人と人が出会うって…こんなにあたたかなものだとは…」

イサベラはきっと二人の孫娘や、城に勤める人達の事を思っている。俺の頭にはクソ生意気なツギハギがしゃしゃり出てきたため、速やかに思考から排除した。

そんな状況に、闇稼業の俺が居心地悪そうにしているのに気づいたのだろう。まだ動きにくい手をゆっくりと振って、彼女は契約通り、安楽死の施術費を返還するように求めた。金で落とし前をつけさせてくれるのだ。依頼人に配慮をしてもらうなんて、俺もまだまだ精進しなければ。馬鹿にならない額なのに、スッキリと金を払ったのは、多分これが初めてだ。

イサベラの部屋を辞して、薄暗い廊下を進む。俺は彼女の言葉を反芻している。「出会い」と彼女は言った。しかし、今回の騒ぎに関係した人間は、お世辞にも「出会い」の意味合いにふさわしいとは言えない。「悪運」や「腐れ縁」の方が、似つかわしい。俺を始めとして、歪な人格ばかりだ。どういう意味か思案していると、何かにぶつかってしまった。相手は廊下にひっくり返っている。あー。

「前見て歩けよ。」

深夜であることを心得て、小声で話しているのは評価する。ただ脛をげしげし蹴るのはいただけない。モノクロの頭を鷲掴みにしてやると、BJは奇声を上げて俺を睨みつけた。廊下の薄暗いランプの光に照らされたツギハギの顔を見て、すとんと来た。

彼の顔の縫合痕がくっきりと浮かび上がっている。腕をとると、縦横無尽な縫合痕。歪なパーツがいくつも集まって、こいつの体を作ってる。まるでジグソーパズルだ。

組み合わさりそうにない歪なものが、パズルみたいにピタリとはまる瞬間を、出会いと言うのかもしれない。尚も「出会い」について思考を続ける俺の顎に、出会いたくもなかった男の拳がヒットした。

追加SS【リーゼside】

妹だという女の子に会ったときに思ったのは「弟じゃなくてよかった。」くらいのことしかなかった。

今まで育ってきた環境が違うって事を、理解はしていたつもりだけれど、あまりにも違いすぎて受け入れるのが大変だった。

まず私と体つきが全然違う。身長こそ近いものの、同じ服を着てもローゼには皆ぶかぶかになってしまう。スレンダーだと言われる私でも、正直ウエストの比較をされたときには本気で落ち込んだ。バストはいいの。別についててもついてなくても構わないし。ローゼには体型をカバーするワンピースやスカートを着てもらうことにした。

顔つきは似ていると言えばそうなのだけど、生き写しってわけにはいかない。ローゼの髪は奇麗な栗色なのだけど、クセが強くてゴワゴワ。父に似たのね。私は母に似た赤毛に猫毛、無駄に多い毛量。足して2で割りたいよねーなんて。かつらを作ることにする。

お化粧すれば、結構かわいい。ううん、本当にかわいい!私のキツイ目つきと違って、ローゼはちょっぴりたれ目。遠目にはわからないらしいから、人との接近だけは注意ね。

なんとか見た目を誤魔化す手筈は整ったけど、ローゼのド近眼眼鏡を外して、カラコン入れるのはひと騒動だった。ローゼは泣いちゃうし、私はキレそうだし。執事のフラビアが頑張ってくれてなきゃ、もうとっくにご破算だった。

後は城での生活に慣れてもらうこと。仕方がないのはわかっているんだけど、食事ひとつにでもローゼはきゃあきゃあ騒ぐ。これから一々驚かれちゃ時間がない。バッキバキにVIP待遇をして、感覚をマヒさせる方針にした。フラビアの淑女教育の熱血指導付き。これが大成功。付け焼刃だけど、ローゼは令嬢の振る舞いができるようになった。でも、ねえ。私あそこまで高飛車じゃないわよ。ちょっとこっち向きなさいよフラビア。

ともかくギリギリ私の影武者ができあがった。

でも、この子が私の代わりになるのかどうか、まだ不安が大きかった。

なんていうか、同い年のはずなのに、イマイチ会話が成立しない。

初めはウチの馬鹿両親がしでかしたことに恨みを持っていて、きちんと話してくれないのかなって思ってた。イヤ、実際馬鹿でしょ。ウチの両親。特に父。私とローゼの誕生日が半年しか違わないってのは、そういうことよね?サイテーだ。そんな娘の協力なんて、絶対に嫌でしたくないんだろうな。でもお婆様のために引き受けてくれたのよね。その気持ちだけは同じだって思っててもいいかな。

しおらしく自分の中で結論付けていた私は、ローゼをだんだん理解していく中で、それが大きな勘違いだったと気付く。

ローゼの中では、お婆様は聖母のような存在で、大好きで大好きでたまらなくって、危害を加えようとする者がいたら、草刈り鎌で薙ぎ払うくらいの勢いだったのだ。

普段はあんなにぼおっと…んんッ、穏やかなのに、お婆様に起こるかもしれない危害について話した時の目つきは、もう、フラビアと一緒にひきつったもの。お婆様に危害を加える者に、どんなふうに制裁を与えてやろうか嬉々としている目。あんな怖いもの、初めて見た。

それもきっとお婆様を思えばこそだって無理矢理信じた。ちょっとずれてるとこはあるけど、10歳ほど歳が離れているような錯覚も覚えるけど、悪い子じゃないんだもの。来る日に向けて、だんだんとローゼとの信頼関係を作っていった。

約束の日に、ブラック・ジャック先生が来てくれた。男性に抵抗がある私にとって、ダメなタイプじゃないけど、良いタイプでもない。そんな印象。私たちには目もくれず、先生はお婆様の容態を診ると、すぐに手術をすると言った。イリーガルな人らしく、さばさばと物騒なことを言うのには少し面食らったけど、お婆様を真剣に治療しようとしてくれているのが伝わって来て、とてもうれしかった。

でもアイツは最悪。会って数十分も経たないうちに、私を小娘呼ばわりして、自分の都合のいいように契約をすり替えた。しかも10億も要求するなんて!それは、まあ、私の落ち度でもあるんだけどさ。そんな想定しないじゃない?普通。

お婆様を殺そうとするやつを城に留めるのは本意ではないけれど、ブラック・ジャック先生の記憶を取り戻すチャンスがあるのなら構わない。ただローゼには、あいつには絶対に近付いちゃダメって言っておかないと。お互いのためにね。

なのにローゼはあいつにクッション代わりにされた。あんなでかい男に座られて、どんなに重くて苦しかったことだろう!「肉付きが悪い」なんてセクハラだわ。ドン引きしたのは、あいつが泣くローゼの顔の前に革靴で踵落としをしたってこと。平気な顔をしてワインを飲むあいつがモンスターみたいに見えてきた。あいつは私たちの視線に気付いたけど、無視してシャルキュトリーの皿に手を伸ばした。ムカつく。

ムカつくんだけど、結局あいつに相当世話になったのは間違いない。10億も迷いなく払えそう。せっかく私がそこまで評価してやっているのにも関わらず、あいつは城からいなくなった。何考えてるのよ!あんたがいないと成立しない証言が山ほどあるんだからね!逃がすか‼

真っ先に気が付いたブラック・ジャック先生が走ってくれた。あっという間に捕獲され、あいつは城に連行されてきた。妙にご機嫌だった。ブラック・ジャック先生もピンクのフェロモン出してるし。やっぱ、そーゆーことよね。

「リーゼには私がいるじゃない。」

そう言って笑ってくれるのはあなただけよ、妹よ。愛用のツナギに着替えたローゼは、いそいそと出かけていく。どこへいくの?

「葡萄畑よ。カルロに畑仕事を教えるの。」

あ、そう…ローゼは朝から葡萄畑でカルロの指導として働き、夕方に城へ戻ってくる。そんな生活ができるようになったのも、黒い眼帯の陰険男がローゼにスクーターの乗り方を教えたからだ。やっぱあいつムカつく。

ふてくされる私の前に、そっと紅茶が置かれる。涙出そう。

「フラビア、私と付き合ってって言ったら、してくれる?」

「全力でご遠慮いたします。」

追加SS【ニコイチ問答】

「だから、もういいだろ。」

「どうしようもないから、こうなってんだろ。」

ここは俺に与えられた城の一室。記憶を失ったBJがベッドを持って、押しかけてきた部屋だ。俺が就寝しようと戻ってくれば、まだあいつが室内に居座っていたことから現在の問答は始まる。

「お前はもう記憶障害が、ほぼ回復した。俺の手は必要ない。そうだろ。」

「おう。」

「だったら、もう同じ部屋にいる必要もない。違うか?」

「まあな。」

「理解しているなら、速やかに退去しろ。」

「断る。」

うーん。殴りたい。

「俺だって現在の状況は面白くない。お前と四六時中顔を合わせているだけでも嫌なのに。」

そうか。奇遇だな、俺も心からそう思ってる。意外と気が合うな。意外と。

「初めに俺がいた部屋は、もうロゼフィニアが使っているし、他の部屋も補修が必要らしく、入らせてもらえなかったんだ。多少壊れていても全く気にしないんだが、客人にそんな部屋を充てがうなんてとんでもないと、酷く恐縮されてしまった。だから俺はここで寝る。お前が出ていけ。」

結論が極論だ。本気で殴りたくなるのを堪える。

「お前の事情はわかった。だが、この部屋は最初から俺に充てられた部屋だ。先住権は俺にある。交渉するにも、まずは譲歩を引き出す方が、賢明だと思うのだが。」

「譲歩なんかいらん。出てけ。」

バカなの。お前。よくそれで闇稼業やっていけてるな。ああ、やっていけてないから、拉致監禁拷問遭難漂流とかしてるんだもんな。言葉が通じないって、大変だなあ。宇宙人なのかも。

意識を飛ばしてしまっているうちに、BJはベッドに潜り込む。首根っこ引っ掴んで剥がそうとするも、マットレスにしがみ付いて離れない。

…もういい。疲れた。

せめてニコイチ状態は解除しよう。ベッドを離そうとすると、BJはベッドの境目の上に、うつ伏せの姿勢で大の字になった。お前はモモンガか。ああそう。じゃあソファで寝てやるよ。

踵を返すと、BJはベッドから素早く起き上がり、俺の思考を読んだかのように、ソファの前を遮った。

それじゃ、ベッド使っていいんだな。

振り向くと、今度はベッドの上に座っている。忍者か。アルベルトじゃあるまいし。

「どうしたいの、お前。」

憮然とした俺の態度に、BJは黙って俯いた。

…ああ、そういうこと。

ベッドの上のBJを軽く蹴飛ばし、俺が眠れるだけのスペースを作った。そこに陣取って、さっさと横になる。「痛え」とか「バカキリコ」とか、ぶつくさ言いながら、隣にあいつも寝そべった。

素直じゃない。記憶障害起こしてた時の方が、よっぽど良かった。敬語とか遣ってたし。なんだか面白くなかったので、ツートンカラーの頭をグイッと引き寄せた。バタバタ暴れるかと予想していたのだが、満更でもないらしい。そのまま体もくっつけてきた。本当に、素直じゃない。

額にキスをしてやると、俺の首筋に歯を立てた。そのままぺろぺろやり出したので、好きなようにさせておく。耳まで舐めてくる。そろそろやめておかないと、お前が困ると思うんだが。

「襲うぞ。」

自分の声が予想より掠れていて参った。BJは、かじかじと俺の鎖骨を噛んでいる。少し困った。こんな古い城、防音対策なんかないに等しい。ましてや大勢の人間が詰めている空間だ。それにリネンを汚してしまったら、明日からどんな顔をして城の中を歩けばいい?

俺の煩悶をものともせず、奴はTシャツの裾から手を差し込んだ。こんなに積極的なのは滅多にない。胸の先に奴の指が触れた瞬間、強めに鎖骨を噛まれた。

「…ッ、ん。」

漏れ出てしまった声。BJは面白くて堪らないという顔。こいつ、わかっててやってる。

そこまでこけにされちゃ仕方がない。奴の上に覆いかぶさり、ツギハギだらけの全身に齧り付いた。

すべての懸念材料をクリアできるように、細心の注意を払った。

なのに翌朝、リーゼロッテだけがニヤニヤして、俺たちを見ていた。

8