虹の名残(設定とかラクガキとか余談とか)

キリジャバナー2

【三人羽織】

娯楽の少ない教団では、新聞のクロスワードですら黄金並みの価値がある。本当は新聞すら「世俗の汚染された気を取り込む」とかでダメらしいんだけど、〈八枚〉様のキリコのところには必ず届く。

俺はそれを使って、教団の連中との間にコネクションを作ろうとしたのだが、キリコに止められた。なんでもキリコが読み終えた新聞は残さず後藤が回収し、その日のうちに賽の目にされるらしい。日本刀で。お前も同じ目に遭いたくなかったら止めておけってさ。別にポン刀は怖くないけど、新聞ひとつで面倒起こすのもあほらしい。後藤もハサミ使えよ。刀匠が泣くぞ。

で、クロスワードの載ったページを抜き取って、座敷に寝っ転がりながらやってるってわけ。

「えーと、『こ』から始まって『り』で終わる四文字の言葉ってなんだ?アイドルか?」

「知らん」

「使えねえなあ」

キリコは黙って経済欄読んでる。その横顔が癪にさわったので、座敷に胡坐をかくアイツの膝の上に座ってやった。

「こら、新聞が読めない」

「俺にはこっちの方が大事だ。ホラ、『ドラえもんの体重』って何キロなんだ」

「どんなクロスワードなんだよ…ああ、これならわかるぞ。『エコロケーション』だ」

「へえ、お前さん動物に詳しいのか。すごく意外。でもポケモンは無理だろうなあ」

「無理だなあ」

一緒になってやってると、耕太がぱたぱた足音立ててやってきた。最中せびりに来たな。

キリコの膝に入っている俺を見て固まった。違う違う。クロスワードやってるだけだから。

「耕太、お前ポケモン詳しいか」

「剣盾やってた」

「よくわからんが、ちょっと来い。クイズに答えて欲しいんだ」

クイズと聞いて、耕太はやる気だ。こいつもなんだかんだ暇なんだよなあ。お清めが済んだら放置だし。このくらいのガキなら外で駆けずり回っててもおかしくないのに。俺と額をくっつけ合ってクロスワードのマスを覗き込む。

「え、ルカリオって、もう古いのか!?」

「知ってるけど、新しいのはザシアンとかバドレックスとかいるよ。カイオーガは強いから好き」

「カイオーガはかろうじて知ってる!」

「……………」

俺がポケモンをかじってるのは、子どもの患者へのアプローチに必要だったからだ。以前オカルトに詳しいガキを相手にした時と同じように。

ポケモントークをやってたら、耕太は俺の足の間にはさまってきた。おお、そうだな。同じ方向からクロスワードを見た方がいいもんな。

「んー、水ポケモンなのー?」

「五文字。三文字目が『オ』あれ、カイオーガって水ポケモンじゃないのか」

「うん。タイプ水だよ」

「カイオーガでやってみるか。よーし、いいぞ耕太。次はな…」

「……………」

クロスワードは耕太と完成させた。耕太が出て行った後、キリコはぼやいた。二人羽織ってのは知ってたが、それの進化版があるとは知らなかった、だって。なんの話だ?

【最悪の出会いとは】

すっかり薄くなった背中の傷をなぞりながら、BJは俺が一番聞いてほしくなかったことを口にする。

「お前さん、どうしてあの団体の中で馴染んでたんだ」

「…馴染んではいない」

ウッソつけ!と背中をバチンとやられた。

「じゃあ、初めはどんなエンカウントしたんだよ。後藤には切りかかられてるんだろ?」

……………言いたくない。でも教えなきゃ教えないで、ずーっと聞くんだろうなあ。それは想像するだけで頭痛くなる…………言いたくない………

結局渋々俺が初めて教団の人間と接触した時の状況を話した。

BJの反応は、絶句、爆笑、過呼吸起こしかけ、嘔吐起こしかけ、腹筋と背筋の激痛、横隔膜の痙攣…とまあ、想定内の惨状だった。

もう二度と言いたくないので、キーワードだけ示しておく。

・教団の歓喜の叫び

・担ぐ

・剥ぐ

・温泉

・問答無用

【エピローグ没頁】

散々汗をかいて、ベッドの上でごろごろしてると、思い出したようにBJが口を開く。

「アフターケアで会った人でな、蛇に関する宗教観に詳しい人がいたんだよ。その人が言うにはな」

なんだよ、そのニヤニヤが止まらないって顔。

「蛇って精力の象徴でもあるんだってよ」

「……」

「あの三角の頭に長い胴だろ。もう見たまんまの形、男性のシンボル。だから精力の象徴なんだとさ」

言葉もなく天井を見上げる。

「お前さんが精力のシンボル!おかしすぎてヘソが茶ぁ沸かすぜ!カルトどもに変なあだ名付けられて崇められてるのも、最高に笑えたけど、これが一番ひでえ」

ゲラゲラ笑うBJは止まらない。俺が性に対してあまり執着しないのを知っているから。確かに年がら年中サカってるのは御免だし、少しのスキンシップで満足するから激しい欲求が溢れる性分でもない。でもなあ、最近は変わってきてるんだけど、知らないのか。

黙って彼の腰を抱き寄せた。当たっているものに気付いて笑いが止まる。

「前に言ったよな。戻れる気がしないって」

BJは口をパクパクさせている。あの時はぶっ飛んでたから覚えてないかも知れないな。だけど構うものか。事実なんだし。実際お前と付き合うには、いろいろと開き直らないとやっていけない。

「戻れないのはお前のせいなんだから、責任とまでは言わないが、最後まで付き合いなさいね」

BJの顔は赤いんだか青いんだか。俺はと言うと柄にも無く頬が熱い。誤魔化すように再び彼の体に押し入る。

「っあ、やめろ!二ラウンド目なんか聞いてねえ!」

「いちいち言うわけないだろ、そんなの。気分だし」

「も、もう、ああッ!さっきよりデカイの何でだよ、ん、ううっ」

「さあ、煽られたからじゃないか。人を枯れ木みたいに言いやがって。ちなみに知ってるか?」

息を乱して俺を見上げるBJに告げる。きっと悪役みたいに見えるんだろうなあ。

「蛇の交尾は長いってさ。数日間繋がってた例もあるらしいよ。やってみる?」

案の定、BJは悲鳴を上げた。

おかしいな。そんなに乱暴はしてないし、むしろとっても快くしてやってると思うんだけど。

「もう蛇はたくさんだ!お腹いっぱい!お代わりナーシ!」

「お前から振った話題だろうが、そら、よっと」

「ぐえっ」

※イチャイチャエンドにしてもあんまりにも軽いと没にした。

【エントランスでの仕返し】

〈六枚〉が詩人モードを炸裂させた晩、キリコは特別追及してくるそぶりはなかったから、てっきり忘れているものだと思っていたのだ。それからなんやかんやあったし、尚更覚えてるわけないって。

「野良猫君!」

「〈六枚〉!?」

鱗に関する資料が入ったUSBを警察へ提出した帰り、エントランスで〈六枚〉と鉢合わせた。聞けば、教団関係者の顔を確認するために、しばしば警察に呼び出されるそうだ。首実検か。もっといい方法あるだろうに。面倒だなあと二人してため息ついて、コーヒーおごってやることにした。

俺は〈六枚〉の実家の事も彼の爺ちゃんの肩書も知っていたので、事件が〈六枚〉の生活に与える影響については、もう心配はしていなかったのだけど本人はそうじゃなかった。

コーヒーショップのすみっこで、はらはら泣き出した時はこれじゃいかんと、外に連れ出した。近くの街路樹の陰で、彼の懺悔を聞くだけ聞いた。俺に心の治療はできない。今みたいに聞くしかできんが、それでよければいつでも呼べと言った。すると〈六枚〉は俺の肩に額をつけて、頷いて、また泣いた。めそめそすんなこんにゃろうとも今のこいつには言えんので、黙って胸を貸してやった。それだけのことだ。

〈四枚〉がまたタバコを始めた理由と〈六枚〉が泣く理由って、同じところにあるのだろうか。耕太には母ちゃんがいるし、母ちゃんには耕太がいる。お互いが絆創膏になって、生きている。彼らには絆創膏はいるのだろうか。そこまで考えて、俺の領分じゃないと切り替えた。

数日後、また〈六枚〉に会った。

「お前、いつになったら名前教えてくれるんだよ。呼びづらいったらありゃしねえ」

「いいんだよ。野良猫君、君には〈六枚〉って呼んで欲しいから」

「だーかーらー、俺が良くねえんだってば」

少し顔色が良かったからどつきあいをした。ちょっと笑っていたみたいだ。よし。

それからしばらく依頼が立て込んで、やっと時間が取れたから、キリコの家へ飯をたかりにいった。

キリコの家は真っ暗だったから、自宅に戻ってボンカレーを食った。

〈四枚〉の本名を知った。演歌歌手みたいだなって素直な感想を言ったら、G-SHOCK握った拳で殴りかかってきた。今は穴沢の舎弟が彼氏なんだと。大概にしとけよ。

耕太の母ちゃんの喉はとてもいい具合だ。夜も眠れているみたい。ポケモン剣盾をする約束をしていたので、耕太とちょろっとだけする。クッソ、俺もスイッチ買おう。

キリコの家はやっぱり真っ暗だった。まあ、こういう時もあるわな。

帰ろうとしたが、一応ドアノブに手をかけた。かちゃりと玄関のドアが開いた。

不用心だとか、いるんじゃないかとか、いろいろ思ったけど、一番感じたのは「待ってるな」って雰囲気。何か言いたいことでもあるのかね。靴を脱いで上がりこむ。

他人の家だが勝手知ったるなんとやらってやつで、暗がりの中でも簡単にリビングを歩き回れる。一階にいないな。鞄とコートを置いて、二階へ上がる。できるだけ足音をたてないように。

風が吹いてくるのを感じてテラスの方へ向かう。冬空のさっむいテラスで何やってんだか。

緊急を要する事態かも知れないのでと言い訳して、あいつの大事なものが並んでる部屋を突っ切った。この部屋に入るのすごく嫌がるんだよなあ。俺的には変な部族のお面とか絶対にいらんし、転売するほど金に困ってもないし心配しなくてもいいのに。

テラスのデッキチェアにキリコは座っていた。座るというよりは、背もたれを倒して寝てるというか。

なにやってんだか。薄着で風邪ひいちまうぞ。

「おい、寝るならあったかいところで寝ろよ」

「……」

キリコは起きているのに返事をしない。手を掴むと、びっくりするほど冷たかった。死体かと思うくらい。そのままズルズル家の中へ引っ張っていくこともできたのだけど、俺はキリコの手を握ったままデッキチェアの横に座った。吐く息が白く夜空に溶けていく。うーん、ケツが冷たい。

「…なんか、食うか…?」

やっとしゃべった。しまったな。晩飯食ってきた。

「いい。さっきラーメン食ってきた。ここ寒いし熱い茶が飲みたい」

「……」

また黙る。いいや、勝手に喋ろう。

「この前な〈六枚〉に会ったよ。元気かなって思ったけど、そうでもなくてな。生憎俺は心療内科じゃないし、話聞いて、ちょっとちょっかいかけてってくらいしかできなかったけど」

「……」

「相変わらず本名は教えてもらえない。俺はそこまでこだわってるわけじゃないが、あっちがそう思うってことは、何か後ろめたいものをずっと抱えているんじゃないかって」

「…だから、胸を貸したのか」

キリコは空を見つめたまま。胸を貸すって文字通りの姿勢になってたわけなんだけど、コイツ見てたのか?

「泣いてる〈六枚〉と俺を見たのか?」

「いや…それは知らない。俺が見たのは……」

口を噤むキリコ。

おい。今の構図、あの時の逆だぞ。

「お前さん、もしかして妬いてたりするの?」

ニヤニヤしながら聞いてやった。キリコは少しだけ身じろぎして、俺に握られていない手で顔を覆う。照れていたり、悪びれているふうでもない。ゆっくりと額にかかる髪をかき上げると、焦点が合わない視線を虚空に投げて、微かに呟いた。

「わからない」

枕を投げないだけ、こいつは俺よりよっぽどましだ。でもいつだって自分をないがしろにする方向へ進むのは頂けない。今だっていつからここにいたんだか。ちゃんと食ってるかも怪しい。

「俺はな、命にかかわる時以外、誰彼問わず触ったり、触らせたりはしない」

「知っている」

「今は命にかかわる事態になりそうだから、お前さんに触るぞ」

俺があの時感じた嫌悪感をキリコが感じなければいいのだけど。デッキチェアがぎしりと軋んだ。さすがに大人の男二人の体重を支えられそうにないので、キリコの上半身だけ抱きかかえた。

「低体温症になりそうだ。髪の芯まで冷えてる」

冷え切った固い頬を温める。何度も抱え直して、手のひらを冷たいキリコの体に当てていく。

「お前さんには胸なんか貸さねえぞ。これは医療行為!」

いっそのこと懐にこいつの手を突っ込もうかな。

「ああ、冷てえ。なにやったらこんなに冷えるんですかねえ」

「さあ…昨日の晩からここにいた」

「あほ!」

耳元で叫んでやった。

冷え切ったキリコを風呂に叩き込んで、台所に踏み込む。後で怒るんだろうけど、今は緊急事態。カップ麺ができるころには少しキリコは復活してた。でも出禁の台所に入ったことにも、前と保存場所を変えて隠してあったカップ麺を見つけ出したことにも、不平を言わないから…まだって具合かな。

俺は暖炉のつけ方を知らないので、ソファに座ったキリコに毛布をかぶせ、その横に座った。カップ麺は食わないらしい。もったいないな。じゃあ、と体内を温めるためにスープだけはキリコに飲ませ、後は俺が頂戴する。うっぷ。夕飯二回食ったことになるな。食った後に横になると牛になるとか言うけど、腹が膨れすぎて今は動けない。

隣に座るキリコの膝に頭をのせた。

キリコは動かない。俺も動かない。

「…お前といると調子が狂う」

そうですか。

「帰ってくれ」

やなこった。

「……」

ああもう。

「はっきりしねえな。いつもの余裕綽々な喋りはどうした。まだ寒いのか」

「寒い…ああ、寒いみたいだ」

むくっと俺は起き上がり、キリコの膝に乗った。視線が合わねえな。知るか。そのまま抱きついた。さっきもやったけど人間カイロだ。生意気にジャケットが冷たいとか言うので、ベストも一緒に脱いでやる。俺の方が寒いわ。キリコはそろそろと俺の背に腕を回す。

「俺だってお前さんといると、いっつも調子を乱されっぱなしだ。手のひらで転がされてる感があって、腹が立つことも多いし」

「そんなもの、全部壊していくのがお前じゃないか。想定外ばっかりだ」

「そうか?お前さんはそういうところでさえ読んでいる節あるぞ。ホント、嫌な奴」

「嫌な奴はお前だ。自分の内側がお前のせいで混乱して、いつものようにできない。こんな状態の自分だって本当はお前にひとつも見せたくない。今までは上手くやってきたんだ。なのにお前の事になると、どうしてか俺は俺を見失う」

キリコの顔を見ないように、もっと強く抱きついた。嫌がらせだ。ざまあみろ。

「それと〈六枚〉がどう関係するっていうんだよ」

キリコはまた沈黙。普段なら放っておくけど、今はダメだ。しがみついて離れない俺に業を煮やしたのか、キリコはうめくように口を開いた。

「似合ってるなって、思ったんだよ」

なんだそりゃ。俺と〈六枚〉がってことか?

「俺が見たのは警察の前で、小突き合ってるお前たちだ。胸を貸す云々は知らないけど、どうしてだろうな。目を背けてしまうくらい、似合ってたんだよ。多分…そうだな、年恰好が似ているせいかもな」

ううーん。最近年齢でいじってるからな。気にしてたのかなあ。そんなこと気にしないチタン合金の心臓のくせに。ぐりぐり頭をこすりつけてやる。

「あいつと俺は、生きている世界が違いすぎる。今はたまたま教団の件で繋がりがあるだけで、時が過ぎれば、完全に消えてなくなる縁だ。不安定になってる〈六枚〉もそこんとこはわきまえてると思うぜ」

「今は、か」

「〈六枚〉だけじゃなくて、耕太とか他の連中もそうさ。結んだ縁は暗闇の中に隠れて見えなくなるだろうよ。なんせ俺はモグリの黒い医者だ。一般人には追ってこられない場所に生きてる。お前さんも、そうだろ」

キリコのひたいにごちんと俺のをくっつける。

「大体お前さんとしか話せない話題が多いんだよ。テロリストからもらった金をキレイにする方法とか、誰と話せって言うんだよ!」

「違いない」

キリコと目が合う。

「そーゆー訳で、今の俺は話したいことでいっぱいだ。一般人に話せない情報を穴沢からも警察からもたんまり仕入れたからな。ちょっと信憑性のない話もあるから、お前さんの意見を聞きたい」

「わかった」と頷いたので、もう一回抱きついておいた。うん。体が温まって来てるな。よしよし。キリコの抱きしめ返した腕が予想より力強かったので、口から変な声が出た。それを聞いてあいつが少し笑っている気がした。

話していたら、キリコは「めまいがする」って言いだした。検温すると39.2度。ばっかやろう!あんな寒いテラスに丸二日いれば風邪くらいひくわ!一本注射打って、ベッドに放り込んだ。一旦帰ろうかとも思ったが、なんとなくいた方が良い気がして、ソファで毛布をかぶって寝た。

翌朝、キリコは黒いスーツで出かける準備をしている。仕事に行くのかと全身の毛を逆立てる俺に、キリコは「お前も一緒に行くんだ」ってさ。どこに?

到着した場所は警察署。また取り調べかよ。もう全部喋ったってば。小林の話を聞きたいらしい。またかよ。しかしここできちんと話しておかなければ、俺の苦労も水の泡。それはとてももったいない気がするので協力する。渋々別室に向かう俺とは違う方向へキリコは消えていく。

さくさく終わらせてエントランスへ出ていくと、また〈六枚〉と鉢合わせた。

「よくよく会うよな。お前さんとは」

「本当にね。これも何かの縁かな」

「やめとけ、やめとけ。俺なんかともう関わるんじゃねえぞ」

「ふふふ、野良猫君は相変わらずだ」

笑顔の〈六枚〉が何かに気付いたように、言葉を切り上げる。振り返るとキリコがいた。俺の横に立って〈六枚〉と話し出す。

「元気そうだな。体は大丈夫かい」

「ええ。鱗を取る手術の経過も順調で、後数回受診すれば済みそうです。警察に顔を出すのも、おそらく今日が最後になるでしょう」

「どういう意味…ッ」

〈六枚〉に問いかける俺の尻をキリコが掴んだ。そのまま何食わぬ顔で尻を揉む。

「気分転換、というのかな。しばらく祖父の持ち物の別荘で過ごすんだ。ハワイなら気分も晴れるだろうって」

「そいつは羨ましい」

ひとっつも心にないことをぬけぬけとキリコは抜かす。そしてずっと尻を揉んでいる。動きがだんだん怪しくなってきているんだが。当然俺は顔に出すなんてへまはしないけれども。

「俺にはまぶしすぎる場所だ。でも良かったな。楽しんで来いよ」

屈託なく笑って頷いた後、少し言いにくそうに〈六枚〉は俺達に囁いた。

「あのさ…君たちの後ろ、ガラス張りなんだよね。私からも反射で見えてるし、エントランスの向こうの人も、きっと」

ボッと俺の顔が燃え上がっているうちに、〈六枚〉はさっさと退散した。隣のキリコを見れば、全くの知らん顔。嘘つけ、嘘つけ!嘘をつけ!!!!!!てめえ、分かってやってたな!!!!!

「セ!ク!ハ!ラ!」

警察署のエントランスを出るや否や、俺はキリコに殴りかかり、何事かと飛び出してきた警官をまいて走り去る羽目になったのだった。

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