【後日譚】
「月経が来たよ。」
軽い調子で告げられて、拍子抜けした。
けれど、意気地なしといわれてもいい。俺はほっとしていた。
そんな俺の表情を見て「そんなに心配なら、籍でも入れる?」なんて夢にも思わないことを言う。
バカか。そもそもこんな稼業をしているのだから、まともな籍なんかありゃしない。だいたいキリコ自体、どこの国家に属しているのか、まるではっきりしないのだ。日本に居を構えている以上、日本国のパスポートは持っているのだろうけど。
そうまくし立てる俺を面白そうに見上げて、「絶対に嫌だ、とは言わないんだね。」だって。
「絶、対、に、嫌、だ。」
一字ずつ、はっきり、大きな声で言ってやる。
天才外科医様と死神の化身じゃ、身分が違いすぎるのだ。愚か者め。お互いの仕事にも影響する。
・・・まあ、こいつの作る飯はうまいし、毎日くだらんこと言って暇つぶしにはなるかもしれないけど。いいや。もし衝突したとき、とんでもない喧嘩になる。家庭内別居もありうる。そもそも二人とも海外に行って長期不在になるだろうし、すれ違いなんかありまくりだ。どう考えても建設的ではない。破綻が目に見えている。
むすっとした俺に、キリコはぽつりと言った。
「・・・言いにくいんだけど、痛くないんだよね。」
「?」
「その、スキンなしだと、痛くない。」
「どこが?」
「・・・わかんないかなあ。・・・・・・・・わかんないか。」
「はっきり言ってくれ。痛いとこがあるなら治療するぞ。」
「膣口。」
「へっ?????」
「だから、お前、何回もするだろう。最後のほう、結構痛くなってくることがあるんだ。多分、摩擦で。スキンも化学製品だし、ちょっと心配って言うか。血が滲むこともあるんだ。」
「おいおいおいおい。もっと早く言えよ!」
「だって、その、私の潤いが足りないせいかも、って、思ってたから・・・」
最後の方は消え入りそうな声で、下を向いてしまった。
全然気付いていなかった。本当にこいつは黙って無理してることが多すぎる。違う。気付かない俺が悪い。最後のほうなんて、完全に理性飛んじまってるからなあ。
「・・・気付かなくて、悪かった。」
「謝らなくていいよ。私も今思い当たったんだから。」
うーん。どうしたもんか。回数を減らす?我慢できるかなあ。最低だなあ、俺。あ、そうだ。
「ローションとか、ワセリンとか使ってみるか?」
「あ。ああ、やってみよう。」
使ってみた。
けど、どっちもイマイチだった。
そもそも化学製品のスキンに、更に化学製品を塗布することで、スキン自体にもダメージがあることがわかった。キリコの大事なところに、これ以上負荷はかけたくない。きれいなピンク色してるとこが、俺のせいで真っ黒になるなんて困る。
改めて回数を減らすことも提案された。しかし、そもそも頻繁にしているわけではない。先述したが、俺もキリコも世界中飛んで回ってる。たまたま悪運のように出会うときにしかセックスできない。ましてや、こんな稼業だ。いつどこで野垂れ死ぬか、わからないのだ。俺としては回数減らすってのは、うーん、残念すぎる。素直に伝えたら「私も・・・」顔を真っ赤にして言ってくれた。
結局、結局だ。二人して開き直ってしまった。
避妊、性病に関しては徹底的に検診を受けるなど、リスクヘッジをする。
キリコの使用しているピルは28日周期のタイプだから、いつ月経が来るか完全に把握できる。ただ長期使用している場合、リスクも伴う。この心配に関しては、即キリコに撥ね付けられた。とりあえず俺の手帳には、キリコに月経が来るだろう日に赤丸がつけられた。
もしも、があった時には、どうするか。以前ベッドの中で話し合ったことを、お互いに確認した。
目先の欲に流されていると言われても仕方が無い。でも、短い人生、キリコと過ごせる時間は、あとどれだけあるのだろう。そう思ってしまったら、一晩一晩が惜しくなる。描いたことの無い、はるか遠い未来。そこにキリコはいるのだろうか。俺はキリコの傍にいられるのだろうか。
無性に寂しくなって、ぼんやり外を見ている俺の背中にキリコが抱きついてきた。
細い腕でぎゅううううっと。
キリコ、俺、本当にお前さんに敵う気がしないよ。
「へへ。お前さん見かけによらず力あるなあ。」
「そうでしょ。」
「力比べかな。」
ぱっと後ろを振り返り、キリコを思いっきり抱きしめた。
苦しい、苦しい、と言って二人とも笑いあうまで。
【木枯らしに抱かれて】
どうして「好き」と言ってくださらないのかしら。
もう手遅れと言われた私の病気を治してくれた、あの人。
顔には大きな傷跡があって、髪の毛はボサボサで白髪が混じってる。でも私はそんなこと気にしないわ。だってあの人の目にはいつだって強い輝きがあるのだもの。そしてその輝きは私に向けられているって、ちょっと自惚れてもいいわよね。
毎日手術の経過を見てくださるとき、私は肌をあの人に全て見せるの。恥ずかしいけど、熱心にカルテに書き込む様子から分かる。この人、私を意識してるって。
だから私耐え切れなくなって言ったの。「ブラック・ジャック先生、あなたのことを愛しています。」って。つれないあの人は、黙って病室から出て行ってしまった。
どうして「好き」と言ってくださらないのかしら。
恋に身を焦がしている自分を、病室の窓の外の枯葉に例えてみたりして、ふとそちらを見ると愛しいブラック・ジャック先生の姿があった。ああ、大きな背中はなんて逞しい。真っ直ぐ前を見る横顔がすてき。堂々と歩く姿を見て、やっぱり好きなんて思ってしまう。
でも、その歩みがぴたりと止まる。どうしたことかしら。私が見ていることに気がついてくれたのかしら。あら、あんな表情初めて見るわ。とっても意地悪な顔。笑いながら、誰かと話している。
建物の陰から、黒いスーツの人が現れた。銀髪の長い髪に、まあ何てこと、大きな黒い眼帯が着いている。女の人だわ。でもかわいそうに、そんな醜い眼帯をして生きていかなくてはならないなんて。私の傷はお腹に少しだけ。ブラック・ジャック先生が手術してくれたそこを、そっとなでたの。
相変わらず、ブラック・ジャック先生は意地悪な顔のまま、その眼帯の女の人と話している。
ねえ、そろそろ私に気付いてくださっても良いのではなくって?
こんなに見つめているのよ。
ブラック・ジャック先生は一歩だけ足を踏み出した。眼帯の女の人も。どうしてそんなに近づくの。
眼帯の女の人は、腕をブラック・ジャック先生の首にまわし始めた。
どういうことなの。やめて。近づかないで!
叫びたくなる私のことなど知らずに、女の人はブラック・ジャック先生にくちづけた。
ああ!やめて!!
鼻先がぶつかるくらいの距離で、何か囁いている。
ブラック・ジャック先生、そんな女なんて振り払って。私につれなくしたように。
どうして、そんな顔で微笑むの。
今度はブラック・ジャック先生の方から、眼帯の女の人にくちづけをするのが見えた。
噛み付くように。深い深いくちづけを。何度も。何度も。
私の指先は、すっかり冷たくなって震えていた。でも、どうしても目を逸らせない。
ちらと眼帯の女の人の、ひとつしか無い目がこちらを見た。まるで三日月のように細くなる目。
「私のものだ。」
そう言われている気がして、私はひどい勢いでカーテンを閉めた。
カーテンの向こうでは、きっとまだ二人はくちづけをしている。
窓から木枯らしの音が聞こえる。
【ぬかろく】
ひどい仕事をしてきたのだと、すぐにわかった。
いつものバーカウンターの、いつもの席。キープボトルからバーボンをロックで飲むそいつは、暗い店内の隅っこで、溶けて消えてしまいそうになっていた。声をかけてこちらを向かせると、まるで生気の無い目の下は真っ黒で、ぎこちなく歪む唇には色が無かった。
「お前の性欲ってどうなってんの。」
「私は何もしないよ。好きにやって。」
それだけ言うと、ごろりとベッドの上に大の字に寝そべった。まさしくマグロだ。
お許しを得たことだし、好きにさせてもらおう。途中でやめろなんて聞かないからな。
冷凍でカチコチになった体をゆっくり溶かすように、体中に舌を這わせた。キリコの敏感な部分に触れるけど、反応はなし。でもだんだんと溶けて水が染み出してきた。胸の桜色に唇を寄せて、そのまま首筋を舐め上げて、耳朶をやさしく食むと、キリコは大きくため息をつき、凍り付いていたところはとろりと溶け出した。
いくらか擦って熱くした俺のを、キリコの中に埋め込んだ。中はきつくて冷たかった。俺の熱であたたまればいいのにと、擦り合わせることにした。相変わらずきつい膣の中に早々に射精をした。
二度目の射精をするころには、キリコの息が上がってきた。やっと溶けてきたかな。
声を上げられず固く結ばれた唇を開こうと、キスをすればおずおずと少しあたたまった舌が覗いた。その舌を強く吸いながら、三回目の射精をした。後ろを向かせて、キリコの尻に俺の腰を打ち付ける。一度も抜かず、ただ精子を受け止め続けているそこからは、俺が一刺しする度に白濁した液がこぷこぷとあふれて、キリコの内腿を濡らす。もっといっぱいになればいい。四度目の射精。
ベッドのシーツを引きちぎらんばかりに握り締めて、キリコは絶頂を迎える。まだ後ろを向かせたままなので顔は見えないが、シーツに噛み付いていることだろう。汗ばんだキリコの背中を舐め、より深く穿つ。逃げようとする腰を掴み、高く上げさせる。そのまま打ち付ければ何度も何度も達している。ここ、好きだもんな。五度目の射精をするころには、キリコのそこはぐちゅぐちゅと精液と愛液で混ざり合い、泡立つほどになっていた。
キリコの中が俺の精液でいっぱいになってあふれ出す。いのちのもとがキリコの空っぽの腹に流れ込む。満たしてやる。俺ので、奥の奥まで。キリコの深い絶頂とともに、子宮に塗りこめるようにして六度目の射精をした
「ぬかろく。」
ベッドに寝そべって、タバコをふかす俺の口から出た言語が、日本語なのか英語なのか、はたまた全く違う国の言語なのか逡巡したようだったが、イキ疲れた頭ではわからないと判断したようで。
「なにそれ。」
ぐったりと問いかけてきた。キリコのうすい腹が上下している。彼女の息はまだ整わない。
俺はちゅーっとタバコを深く吸い。ぽわっと吐き出す。ああ、セックスの後のタバコは最高。
「抜かずの六発。」
日本語らしいと認識した彼女が、ようやく意味を理解する。
「Japanese HENTAI・・・」
苦笑しながら、キリコは頭を抱えた。
ざまあみろ、死神め。
キリコをてめえなんかに渡すもんか。
HENTAIの国の日本男児をなめんなよ。
キリコの目の下の隈とともにいなくなった死神の気配に、俺はタバコの煙を吹きかけた。