『プワゾン』(2)※いちゃいちゃ※

9.

「一緒に入るの?」

信じられないというふうなキリコの声。毛布にくるまってうとうとしていたのに、睡眠薬の眠気も吹っ飛んだかのようだ。

「当たり前だ。薬のちゃんぽん、手足の震え、体温の低下。これだけ状況が悪くなってるヤツを一人で風呂に入れて、溺れ死んでもらっても困る。」

さも当然という威圧感で、俺はキリコと一緒に風呂に入る権利を取得した。

俺の家の風呂は昔ながらのタイル張りで、大人一人がゆったりと入れるくらいのサイズだ。キリコと二人で入っても窮屈で仕方がないという状況にはならないだろう。風呂場に行くには居間を通り抜けなければならない。毛布で体を覆っているにしろ、その下は全裸のキリコの手を引いていくのは、なんとも気恥ずかしい。キリコも同じ気持ちなのか、黙ったまま、たどたどしい足取りでついてきた。

ひとまず俺は着衣のまま腕まくりをして、キリコを湯船に浸からせた。掛け湯などはこの際省略。

「ああ…………」

キリコは心からほっとしたような、大きなため息を吐いた。そんなキリコを浴槽からずり落ちて沈まないように位置を固定してから、脱衣所へ戻り、大急ぎで服を脱いだ。思いっきり甘やかす。そんなことを思いながら。

「入るぞ。」

一応声をかけてから浴室へ入るが、キリコはそのまま気持ちよさそうに温かな湯に浸っている。その様子をほほえましく思いながら、自分の支度を整える。いらん手術のせいで汗だくなのだ。頭からシャワーをかぶり、石鹸で汚れを落としていく。さっぱりしたところで湯船に向かう。

「ちょっと失礼。」

キリコの背を前に動かして、その隙間に滑り込んだ。ざぶんと湯が俺の体積分あふれ出す。

足を伸ばすと、キリコのウエストの部分に俺の膝が当たり、ふくらはぎが湯の中に浮かぶ。キリコの肩をそっと掴んで、俺の方へ倒す。そのまま静かに体重を預けるようにして、彼女は俺の胸板に寄りかかった。深く息を吸い、力が抜けるように息を吐く。そんな様子がただ愛おしかった。

キリコのことを「愛おしい」なんて思うようになったのは、いつからだっただろう。普段仕事でかち合うときなんかは憎らしくて仕方がないのに、二人だけになると甘い時間を共有することが増えていった。そんな時間、俺の人生には無縁だと思っていたのに。よりにもよってこいつからもたらされるとは思いもしなかった。やわい肌に溺れて、銀髪に鼻先をうずめて、ひとつだけの瞳からあたたかいほほえみをうける。そんな何でもないことが、輝いて俺の胸を満たしていく。こんな感情に名前があることを、俺は生まれて初めて知った。口が裂けても本人には伝えられないけど。

彼女に対する自分の気持ちを確かめながら、キリコの体に目をやった。湯で温められた体に縄目がくっきりと浮かび上がっている。ブラウスで覆われていた部分は酷くはないが、直にロープが素肌に触れた部分は赤く腫れ、摩擦に晒されたことを物語っていた。

一番酷かった腕をマッサージするように撫でる。内出血のある手首はそっと。やがてキリコは満足そうなため息をついた。

その反応を見て、ゆっくりと手を回し、綿菓子でも触るかのようにキリコの胸を手のひらで包んだ。

「痛い?」

心配になって聞く。

「ううん。」

「沁みたりしない?」

「大丈夫。」

実際沁みていても正直に答えないのはわかっていたから、触診をするように尋ねていく。

「ここはどうだ。痛くないか。」

縄目をなぞる。

「平気。」

胸の下についた縄の後に手を這わすと、くすぐったいと身を捩った。

「じゃあ、ここは?」

乳房の先の真っ赤になってしまっている突起をそっと摘まんだ。途端にキリコの体がぴくりと震える。

「赤くなって痛そうだ。シーツに触れて、大分擦れたんじゃないか。」

そう言いながら、ぷっくりとした乳輪を指でかすめるようになでる。

「は、あ」

キリコの口から漏れた吐息が、浴室の湯気の中に反響して広がる。どんなに小さな喘ぎも、大きく聞こえてしまうだろうな。それはキリコも思ったようだった。吐息より言葉にするほうを選んだみたい。

「痛くないよ。そんなにやさしく触られると、かえって敏感になってしまう。」

俺の手の甲に、自分の手を重ねる。やわい手のひらとふわんとした胸の感触に挟まれて、そろそろとキリコの豊かなバストを掴んだ。ちゃぷんと湯が揺れる。鼻からくぐもった声をキリコは出したが、俺の手を引き剥がすことはしなかった。そのまま彼女の肉の感触を楽しむように、たぷたぷと湯に浮かべてみた。

「人の胸をおもちゃみたいにするんじゃない。」

困ったようなキリコの声がしたけど、本気で嫌がっているふうには聞こえなかったから、つい調子に乗って真っ赤になった突起を摘まんでみた。

「ひう、」

驚いたようなわかっていたような響き。

「痛くない?」

あくまで触診をしている体を取りながら、俺はキリコのやわい体に溺れていく。

「痛くないけど、ん、ジンジンする」

「こうすると?」

湯の中でキリコの敏感になっている小さなベリーのような乳首を捏ねる。

「ああ…」

耐えかねたように広がる吐息。俺の耳に沁みる。だけどキリコはその吐息でさえ疎ましいのか、急に口を噤んでしまう。理由が必要なんだよな。さっきのやり取りを思い出し、キリコに囁く。

「なあ、まだ薬が残っているんじゃないか。すごく敏感になっている気がする。」

たった今作り上げた嘘の理由も、恥ずかしがり屋のキリコには必要なんだ。実際普段でも彼女は感じやすいし、今と遜色はないのだけれど。

「そう、かも…」

キリコもわかっているのだろう。嘘の言い訳でも欲しい。受け入れるように頷いた。

「さっきよりはうんとマシになったけど、そんな簡単に抜けるような薬じゃない気がするよ。お前が打った解毒剤も効かなかったくらいなんだし。」

そう言いながらキリコの小さなベリーをしごくように刺激する。とたんに彼女の体はふるりと震えた。

「いっぱい感じて、薬を出してしまおうな。」

やさしく囁いて、キリコのうなじにくちびるをよせた。そう、いっぱい気持ちよくしてあげる。甘えるのが苦手な彼女を、頭のてっぺんからつま先まで、とろとろに甘やかしてやりたかった。

「そんなこと言われると困ってしまう。」

見る間にうなじが桃色にそまる。俺は手の動きを止めない。

「あ、あ、あ」

短い吐息を浴室中に浮かべて、キリコの体が震える。ぎゅっと赤いベリーを潰すように摘まんだ。

「あ…っ」

きゅっと背中がひきつると、やがてぐんにゃりと俺にもたれかかってきた。激しい呼吸は、胸だけでエクスタシーを感じたことを物語っていた。キリコの耳に直接囁く。

「やっぱり薬、まだ残ってるよ。代謝を上げれば、きっと早く排出されるはずだ。」

似非医療もここまでくると犯罪のようだが、そこまで言わないとキリコは頷かない。やっと、やっとキリコは「うん。」と頷いた。「抱いて」の一言が言えなかったと告解したけど、普通言えないよ。今は状況が分かっているから、言えるように手を尽くすことができたんだ。

するりとキリコの内股に手を滑らせると、湯とは違うぬるりとした感触があった。ひくりと体を強張らせた彼女を抱きかかえるようにして、湯船から立ち上がった。この続きがしたい。けれどさすがにこれ以上はのぼせる。さっさと浴室を出ようとした俺にキリコの声が追いかけた。

「BJ、体を洗いたい。さっきので体が汚れてるから…」

だから先に上がっていて、そうキリコが言う前に、俺は石鹸を手に取っていた。

「本当にいいから。自分でするからっ。」

「その気持ちはわかるが、腕がまともに動かないのに、どれだけ時間がかかると思っているんだ。折角温まった体が冷えちまう。」

後ろを向いてしまったキリコに、半分嘘で半分本当の説得をして、もこもこと泡を作っていく。痛々しい縄目に更に刺激を与えたくなかったので、ホイップクリームのように泡立てた石鹸を、職人がショートケーキに塗るようにキリコの桃色の肌に塗っていく。

このころにはキリコはもう観念したように、俺に身を任せていた。敏感な部分に触れるのだろう。時折ひくひくと体を揺らしながら。いつも嗅ぎなれた我が家の石鹸の匂いが、キリコの体につくだけで途端に艶めいた香りに変わってしまうような気がした。キリコと密着した浴槽の中では耐えていたが、ようやく自由になってむくつきはじめた俺の股間に気付かれないよう少し腰を引いて、キリコの体を洗うことに専念した。

「うン…っ」

内股に俺の手が滑り込んだとき、反射的にキリコは股を閉じた。手が密着されてしまって逆効果なんだけどなあ。ぬるぬると石鹸よりも粘度の高い湿り気を感じる。

「ここも洗わないと。」

意地汚い俺は、ぽってりとした二枚貝の割れ目の中に太い指を割り込ませる。

「あ、あ、」

ぬるぬると擦り上げれば、キリコの上半身はずるずると浴室のタイルに沿ってずり落ちる。

その時だ、キリコの手のひらが湯気で曇った鏡の水滴をふき取る形になった。

鏡越しにお互いの視線が交差する。

情欲に濡れた二人の視線。相手の目と己の目。互いに見合った後、気まずい雰囲気になってしまった。沈黙を破ったのは、俺の固くなった勃起がキリコの泡まみれの尻に当たってしまっていると気付いた瞬間だった。

「いや、これは、生理現象として」とか「それどころじゃないのにな」とか、内なる俺は言い訳をするのだけど、実際欲望に忠実な俺はキリコの尻に熱く滾った陰茎を擦り付けてしまっている。しまったと慌てて鏡に目をやれば、キリコの視線とかち合った。彼女もまた熱に浮かされる俺の姿を見ていたのだ。その目に明らかな欲情の色を見つけて、思わず口からついて出た。

「していいか。お前さんの中に入りたい…」

鏡越しに二つの視線が混ざり合う。耐えかねたようにキリコは目を伏せて、答える代わりに石鹸の泡と一緒に腰を持ち上げた。にゅるにゅるとなめらかな肌で撫でられれば、赤黒い亀頭がはじけそうなくらいに熱を持つ。

キリコの腰を抱えると、彼女のとろけた泡の間に狙いを定め、ゆっくりと入っていった。

「は…はあ…はあ…」

挿入の快感に震えるキリコの息が、浴室を満たす。キリコはタイルに手を当てて、滑り落ちないように脚を強張らせている。その脚が耐えてくれることを信じて、根元までねじ込んだ。

「ああ!」

浴室いっぱいに吐息が響く。かくかくとキリコの膝が震える。本当に媚薬がまだ体内に残っているのかもしれない。

キリコの反応を確かめるように、埋め込んだ陰茎をずるりと抜けそうになるギリギリまで引き抜いた。腰が引きつって、キリコの内側が俺を逃がすまいとするかのように握り締める。続いてねっとりとした襞を押し広げて、ぎゅううっと奥まで押しこむ。たちまちに彼女の膣の中がうねり、もっと奥へと誘うかのよう。そんな緩慢なピストンを何度か繰り返した。逃げないで、もっと奥まで。キリコの中がそう言っているようで、せつない快感が体の中を巡る。

無性にキスがしたくなって、キリコの上半身を起こして後ろから彼女のくちびるを奪った。

甘いくちびるを味わいながら、腰の動きを早めていく。俺とキリコの間の泡は粘つくように二人をつなぐ。とうとう泡が飛沫になって飛び散りだした。ぱちゅぱちゅと粘着質な音が響く。キリコの体を縫いとめるようにして、鏡を覗く。ぎらついた俺の視線の先に、まぶたを閉じて銀髪が揺れるままに刺激を受けるキリコが見える。

「キリコ、目を開けて。」

俺の声に思わず反応したかのように、彼女はまぶたを上げる。

「見て。鏡の中、見て。」

鏡越しに俺の視線に絡め取られたキリコは、そこから目を離せない。

「俺に犯されてるお前が見える。見て。」

自分が見ている対象が入れ替わり、途端に羞恥に眉が曇る。

「お前が犯されてるとこ、いっぱい見せてあげる。」

キリコの腕を引いて、鏡のすぐ前に彼女の顔がくるようにした。頭を振って嫌がるけど、この程度は本当は嫌じゃないのがよくわかっていた。ピッチを上げて腰を打ち付ける。キリコはなかなか鏡を見ようとはしなかったけれど、ずぶ、と突き刺せば甘い声が響く。仰け反った彼女が鏡の中の自分を認めたのがわかった。ぎゅっと俺を締め上げる。腰をとろかす快感がたまらない。

「う、お…」

喘ぐ俺の顔も見えるのだろう。キリコは鏡の中に見入っている。快楽に飲まれながらお互いに目をそらすまいと、半ば意地の張り合いのようになっているのが、いかにも俺たちらしいと思う。キリコの視線が俺を射抜くたび背筋に漣が立つ。とたんにぬちゃりとした肉の襞がキュウキュウと蠢く。彼女の限界を感じて、深く穿つ。陰嚢の裏から重たい熱が巡ってくるのを感じた。今日はまだ一度も彼女の中に出していない。幾度も限界まで滾ったとはいえ、縛ったキリコにはどうしても射精できなかった。

意識してしまうと、あっという間だった。

「はあっ、あ、ああ…っ」

キリコの絶頂がもたらす快感に抗うことなく、俺は精を吐き出した。

はあはあ、ふうふうと、どちらともつかない吐息が満ちて消えていく。

つながったところで体を支えているのかと錯覚してしまうくらいに、キリコの脚は震えていて、彼女の腰に腕を回して抱え、ずるりと彼女の中から出た。そのまま泡を洗い流そうとシャワーへ手を伸ばす。あたたかい雨に泡は見る間に溶けて、俺たちの間を流れていく。泡と一緒に縄の跡も流れて消えて欲しかった。うつむく俺の頭にシャワーのしぶきが飛ぶ。キリコはそんな俺のほうへ振り向くと、長い銀髪がシャワーの雨にうたれるのもおかまいなしに、ずぶぬれの俺の髪をかき上げ、ちゅっと音を立てて俺の頬にくちづけをした。

「イっちゃうときのBJの顔、かわいい。」

にこ、と笑ってキリコは俺の首へ細い腕を回す。

「お前さんも、感じてるときの顔、色っぽくて最高。」

口角を上げて、俺は彼女の顔にかかる濡れた銀髪を撫で付ける。

笑顔が戻ってきた俺たちは、あたたかい雨の中で何度もキスを繰り返した。

③へ続く

2